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今年の活動を前に②

前回の更新の続きを、あれからずっと書いていたんだけど、
まぁまた取り留めもなく長くなって、さすがに自分でも嫌になってしまった……

ので、簡単に書くと、

俺が2010年8月から勝てなくなり、絵に描いたような転落劇を演じてしまったのは、

①練習環境の再構築が出来なかったこと

②鬱になったり、2年近くに渡って異性に全く興味がなくなるまでに心身の健康を損なった、間違えた減量法

以上ふたつの合わせ技、それが原因だったんだ。

そらそんなビッグでバッドなイベントが同時に起きたら、勝てなくなって当然だよな。。。
と、今は思っている。

俺がやっていた減量法が間違えていたという事実は、2013年の夏頃、それを止め、ウェルター級に戻してからも、食べたものや自分の練習量をずっと記録して、過去との比較を続けているうちに分かったことで、

そのときに俺の心の中に生まれた、それまでに感じたことのない真っ黒な感情といったら。。。

今は必死こいて頑張れているから、それを抑え込めているけど、胸の奥底に燻ってはいて、
それはきっとこの先、格闘技で、2010年8月以降に晒した醜態を帳消しにするような結果を出さない限り、いつまでも消えることはないんだろう。

格闘技選手として最後の勝負に行くための減量だったのに、そのやり方がクソだったせいで、試合以前の問題で全てを失ってドン底に落ち、

一人の男としても、男盛りといっていい30代後半の時間を棒に振ったんだからな。
人生で一度しかないその時間は、もう二度と戻ってこないんだぜ。。。

練習環境だって、あんな鬱々とした状態になっていなければ、それまでの自分の性格を考えたら、悲観一辺倒にならず、もっと対処していたんだろうなと思うしね。

幸いにも、盟友・三崎和雄から、ウェルター級に戻してもう一度頑張るチャンスを貰ったけど、
練習、試合を通して、以前ウェルター級でやっていた頃よりも相手を物凄く大きく感じて、やっぱり俺はライト級なんじゃないかと、そのうちまた思い始め、

そんなところに、これは俺にライト級はムリだったんじゃなく、どうも減量のやり方に問題があったみたいだぞということが分かり、

でも、もうどうやって減量すればいいのか分からなかったし、
それにウェルター級でもう一度頑張るチャンスを貰ったからには、まずはそこで結果を出さねばならないのは当然で、

そしてその結果を出せずに、出たのは引退勧告。。。

そうやって迎えた2013年12月、3年ぶりに心身の健康が戻り、元気な状態で迎えた冬。

なんだかそれまでの3年間、ずっと眠っていたような、そんな感じがして、そこから目が覚めて気が付いたら状況が一変していて、持っていたものが全てなくなっていた、そんな感覚だった。

それが本当に悔しくて悲しくて、その苦しさたるや筆舌に尽くし難く、
夜にベッドに入ってからそのことを考えると発狂しそうになって、そんなときは大声で叫ばずにはいられなくて、

でも夜中にそんなことをしたらご近所迷惑になって警察に通報されそうだから、掛け布団に顔を埋めて叫びまくったけど、

そんなことをしたって気持ちが晴れることなんてなく、
どころか、余計に悲しくなって、いつかこのネガティブな感情が爆発して、何かやらかすんじゃないか、
いや、もう寧ろやってやりたい、このままだときっといつかやるんだろうなと真面目に思っていた、

そんなネガティブシンキングのデフレスパイラルな、クソみてぇな時間だった2013年冬。
俺はこの感情に殺される、なんて思った。

そんなときにベンケイがブラジルに誘ってくれたのは、本当に「運命」と言っていいんじゃないかってくらいのタイミングだった。
本当に救われた。

ブラジルに行けば、俺が全てを失った原因であり、その失ったものを少しでも取り戻すために絶対に必要なふたつ、正しい減量法と、腰を落ち着けてしっかりと練習出来るトレーニングキャンプがあるんじゃないかと、そう思い、

そしてブラジルへ行くことが、今のこの苦し過ぎる状況から抜け出せる唯一の道なんだろうなと、藁にも縋る思いで地球の裏側へ。

そうやってブラジルへ行ってみたら、良いトレーニングキャンプと俺に合った減量法、そのふたつが実際にあって。。。

“Mago da Balança”(マーゴ・ダ・バランサ、ポルトガル語で「バランスの魔術師」という意味)の異名をとる、ファイターへの減量指導のスペシャリスト、アンドレ・ベンケイの指導で、これっぽっちも心身の健康を損なうことなく、

計量当日、体重計に乗る直前の、フラフラで一番シンドいときに、大会スタッフの女のコ、ガブリエラちゃん(17)が、俺の目の前で前かがみになって、おっPが見えそうになったのを見て、
「うわコイツたまんねーな!」
って、何回もチラ見したくらいに活力が残った状態(笑)でライト級の体重を作れて、

リカバリーもベンケイがしっかりとさせてくれて、
お陰で試合では、これまでのどの試合よりも心を強く持つことができ、KO負けのピンチを凌いで勝つことも出来た。

2012年11月のシュートボクシングでの試合直前の、戦闘意欲や緊張感なんて欠片もなく、何でか分からんけど(今は分かるけど)、ただただ悲しくて寂しくて泣きたくて帰りたかった精神状態とは大違いだった。

ブラジルでは、毎日一番にジムに行って一番最後に帰るくらい、他の誰よりも練習したし、
ベンケイの鬼のコンディショニング(スタミナ)トレーニングも、飛び抜けて最年長の俺が、他の若い選手の誰よりも最後まで動いていられたしね。
これは日本でも、HALEO代官山で世界レベルのストレングス&コンディショニングトレーニングを受けていたから、その点で、他の選手たちより大きなアドバンテージがあったんだけど。

と、地球の裏側で、クソだった俺の4年間だったけど、その中で、HALEO代官山でのトレーニングと、あともうひとつ(これについては後日)は、やっぱり最高レベルだったんだと再確認できたのさ。。。
HALEO最高!
◯◯◯◯も最高!

そうやって、自分の格闘技に対する情熱がまだ消えていないことも確認できたし、こうやって頑張って行けば、失ったものを取り戻せるかも知れない!

と、希望を持つことが出来たと思ったら、ブラジルのチームがオーナーの財政難により解散。
ベンケイと一緒にフロリダへ行くも、蜂窩織炎にかかってあえなく帰国。。。

と、3歩進んで2歩下がった感じの2014年だったけど、心身のコンディションを崩すことなくライト級の体重を作れたことと、そのことで、俺はまだまだ戦えるんだという自信を持つことが出来たのは、何よりも大きな収穫だった。

……ってオイ、「簡単に書くと」なんて言ったのはどの口だ?
書いているうちに感情が昂ぶり、それに任せて今回もまた長々と書いてしまった。。。
すみま千円。

そんな2014年を経て迎えた2015年。

について、次は書きたいので、きっとまた長くなるんだろうけど、この項、あと一回だけ、お付き合い頂ければと思います。

夜露死苦押願い致します。


コメント (1件)

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  1. ファンとしては、長いほうが普通にうれしいっす!
    ガブリエラちゃん(17)じゃなく、ファンのおっさん(40)で申し訳ないですが。


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郷野 聡寛(ごうのあきひろ)
体格:176cm 78kg(試合時体重70kg)
経歴:第4代全日本キックボクシング連盟ヘビー級王者、PRIDEウェルター級GP2006第3位
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