『REALITY OF DEATH』 (死という現実)


「生き方は死に方の雛形」


「終わり良ければすべて良し」、

とシェークスピアは語っている。

幕が降りる時、観客と役者達と、

みんな一緒に表現できたことを

嬉しく思うものである。


願わくば自らの人生の千秋楽を迎える時、

喜びと感謝の気持ちを持ちたいものだ。


人の死に方はその人の生き方と強く結びついている。

死は経験したことのない体験ではあるが、

人の生涯において悲しみや苦しみ、

切なさや辛さを経験することによって

死の体験の予告編を見せられているのかも

しれない。


必死に生きるとは、必ず死ぬことを覚悟して

生きることをいう。


「ああ美しや、障子の泡の天の川」は

小林一茶の辞世の句と言われているが、

この句の前に、

「いざさらば、死に稽古せん、花の雨

死に支度、いたせいたせと桜かな」

と謳っている。


良寛は、

「散る桜、残る桜も、散る桜」

と謳い、


親鸞は、

「明日ありと思う心の仇桜

夜半に嵐の吹かぬものかは」

と、死が盗人のように、

ある日突然やってくることを

暗示している。


明日のことは明日が心配する、ゆえに

今日の労苦は今日1日で十分である。


明日を心配したからといって

寿命が伸びるわけではない。

今日の今を喜び楽しめば人生の

終わりを迎える時も、喜び楽しめる。


死は生きる延長線として、

予約も入れずに訪れる客のようなものだ。


岡倉天心から茶の湯の影響を受けた

タゴールは、

「死がお前の戸口を叩く日、お前は

彼に何を差し出すのか…

私は我が生命に満ちた、私という器を

その死という客の前に差し出します。

私は決して死という客を空手では

返しません。」

と語っている。


一杯の茶を点てる、これが最後。

また一人の客人をもてなす、これが最後。

死が己を飲み干すのではなく、

一期一会のように己の命をもって、

死という客をお持て成しするという

思いも、これまた何故か頼もしい。


THE BIBLEには、

「生きることはキリスト、

死ぬことも益です」

とある。


魂のROCKERは、

「わたしはよみがえりであり、命です。

わたしを信じるものは死んでも生きます。

また、生きていてわたしを信じる者は

決して死ぬことがありません」

と謳っている。


土から生まれ土に帰るあなたの

体の器の中に永遠のいのちにつながる

魂という宝が宿っていることを忘れないように…


今日という日があなたにとって命の豊かさを

味わい感じることができる日となりますように…


「死という客があなたを飲み干すのではなく、

あなたという器の中にある豊かな命が死という客を

お持て成しする」


2020年 9月 19日 土曜日

アーサー・ホーランド



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