ボスを空港まで見送り、列車でチューリッヒに寄ってから、ホテルのあるツークに帰ることにした。

チューリッヒ駅を降りると、いきなり世界の車窓から的な駅舎に圧倒される。

飯でも食って帰ろうか、なんてプランは瞬く間に消えた。

せっかくだから観光でもと思ってそんなサービスを探し

たけど見つからない。

自分のことは自分でする、スイスでは当たり前の事が、

過剰なサービスに馴れて出来ない我身を悔いた。

しょうがない。

滔々と流れる川を流

れとは逆に向かって歩いてみた。

あまり深い理由は無いけど(笑)

ズンズンと歩いていくと、いつしか舗装もされてない砂利道となり、ちょうど向こ

うから来た川と合流する地点まで来た。

中洲の先頭の堤防に腰かけて読みかけの

文庫本を取り出す。

道路からも遠く外れたのか、川のせせらぎしか

聞こえない。

世界一周する豪華客船を舞台にした昔

のミステリーで、若干古いかなと思える設定も、テンポの良さも手伝ってどんどんと没入していく。

ふと、人の気配を感じて目を上げると

初老の男性が、奥さんと思われる女性を

横にして、何か話しかけたそうこちらを見ていた。

小さく頷きながら挨拶をすると、

待ってましたとばかりに、

何をしているのか、

どこから来たのか、

矢継ぎ早に質問をする。

こんなところで、何故わざわざ本を読ん

でいるのか不思議に思ったそうだ。

確かに(笑)

そのおじいさんは、最後に贅沢な旅だな、幸運を！と言っておばあさんと去っていっ

た。

確かに。

言われてみれば、ひどく贅沢な気がして

きた。

よし、今度はあの丘の上まで行って続き

を読もう。

そう決めると、川を横切り街を抜けて丘の上まで行く。

視界は開けて、これぞスイスといった感のする、

頂に雪を乗せた峻険な山々を見渡

せるベンチに寝転がった。

鳥のさえずりしか聞こえない、

木漏れ日の眩し

さに

目を閉じると

眠くなった気がしてきた。

本を閉じて枕にする。

なんとも贅沢な時間なのだろうか。

昼寝に飽きてごそごそと身を起こす。

30分ほどウトウトとした、気がした。

もう時計を気にするのを止めたから、なんとなく(笑)

今度は眼下に見えた湖まで行って湖畔で本を読もう。

いくつかの、観光客で溢れかえる教会を過ぎて大きな湖に出た。

ようやく日曜日だったことを思い出せるほどたくさんの人が湖畔に集まっている。

特に気を引いたアコーディオンで中東っぽい音楽を奏でながら踊る小太りのおじさん。

自分が楽しければそれでいい、とばかりに周りに集まった人達をまるで無視して自分勝手に演奏して踊っている。

少し離れたベンチに座って、楽しげな音楽を聞きながら本を開いた。

しばらく活字を目で追うけど、どうにも集中できなくて湖畔沿いを歩く。

大きな広場では、たくさんの水着を着た人達が、思い思いの事をしていて、

なんか羨ましいな。

一番後ろの木陰にあるベンチに座り直して本を読む。

楽しげな話し声が少しずつ遠くなって本に集中する。

近くの教会から三時の鐘が鳴ったのを機に立ち上がって駅を目指した。

残りは僅かになり、僕の贅沢も最終章に向かう。

エピローグだけを残して列車の中で読むことにした。

わざわざ時間のかかる各駅停車を選んでツークを目指す。

読み疲れて目を上げると、車窓からは綺麗な湖や何処までも続いていきそうな丘が見えた。　

なんと贅沢な景色なのだろう。

計算通り最終章を残してツーク駅に到着。

さぁ、最後は贅沢にビールを呑みながら読み終えるとしよう。