曲が良くないと何をやってもダメ
昨日は家族全員の気持ちが揃った状態で、テレビでサッカー日本代表の韓国戦を観戦。息子が集中してみていたアンパンマンのビデオを中止しての観戦という事もあり、かなり息子としても気合いが入った観戦になっていた、ハズだった。結果はご承知の通りの完敗。また大事な試合になると急増するバックパス。来月が楽しみです。
あまりに悲しいのでこの際、サッカーをむりやり音楽に置き換えてみることにする。まず、いい演奏を録音する為に上手なミュージシャンを集める、つまりいい選手を集めるという事だ。いいベーシスト、ギター、ボーカルはDF、MF、FWになるのだろう。ミュージシャンもそうだが、個人技だけが高い人もいるだろうし、個人技はそこそこで周りの選手との連動が巧く取れる選手もいるのだろう。昨日の代表はどうだったろう、何か随所にギクシャクしたものも垣間みれた気がする。まあ、とはいえ全日本国民の中で彼らが選ばれたのだから、そう間違いでははないのだろうが、。(完全に余談ですが、レイソルが出たらもっと伸び伸びプレーできたのではないのだろうか?いや、そんなことはないだろう。(反語)余談です。)
岡田監督はクラシックでいう指揮者、ポップスでいうプロデューサーということになるのだろうか。確かに方向付けをしてきたプロデューサーとしての責任は重い。試合に勝てなければ解雇、つまり曲が売れなければ解雇ということだ。でも辞めればいいのかよ、という感じもする。
私事になるが、日頃いろいろな音楽に触れる中で、やっぱり曲が良くないとどんなアレンジしてもダメだと感じることも多い。また逆を言えば「いい曲」は「いいアレンジ」も呼ぶ。曲には詞があり、メロディーがある。サッカーにおいてこの「曲」に相当するものとは一体なんなのだろうか。戦術?メンタル?歴史?うーむ。選手がミュージシャンとして、監督がプロデューサー、サポーターがオーディエンスだとすれば、実は演奏される「曲」さえいい方向に変われば、そのサッカーは瞬時に何か大きな変化が訪れることになるのだろう。メッシのバックグラウンドにはとても良質なアンゼンチンタンゴがかかっているに違いないのだから。
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