第17話 決心した足の手術

第17話  上京物語


第16話の続きである。


僕はストリートライブを毎週土曜日に行っていたが、どんどんお客様も増えて一部毎週見に来てくれるファンらしき人も出来た。


バイトも頑張って働き、生活も少しずつ安定してきた。


毎日がそう言った意味では充実してきた。

ただ、左足のふくらはぎの痛みは相変わらずだったが。


※第13話、第14話を見て頂ければ左足の痛みの事を具体的に書いてます。


毎日の様に歩くと痛みがあったが、周りの環境に慣れる事や都会の街で上手く生きていく事で僕はいつも頭の中はいっぱいいっぱいで日々を駆けていた。


でも、それだから結果的に良かった。

足の病気の事を考えすぎてマイナスな精神になり伏せてしまう様な状況にはならなかったという事である。


《なんとかなる!》

と信じて東京に上京してきたので


《なんとかする!》

という事に追われ僕は本当に一心不乱だった。




そして、気がつくと僕の左足の診察結果が出てからちょうど一年の月日が流れていた。

僕は左足の事を色々と考えていた。


《このまま左足をかばいながら生活を続ける訳にはいかない。》


正直、快方に向かっている感覚もなかった。

定期的に診察と薬をもらいに病気には行ってはいたので改善が無いのも分かっていた。


そこで、僕は決心した。


《手術しよう!!》



バイトで貯めて貯金も少しあり、バイト先も復帰したらすぐに勤務させてくれるとの事だったので僕は実家に戻って大きな病気に入院した。


入院した部屋にはおじいちゃんやおばあちゃんばかりがいて子供や孫の様に可愛がってくれた。


閉塞性動脈硬化と言う病気は本当に若い人はなりにくいのがそこで身にしみて分かった。



僕は再度カテーテル検査をしてその時の状況も具体的に分かり手術日が決定した。

手術は初めて診断された時に説明を受けたバイパス手術だった。

自分自身の別の場所の血管を利用して手術する事になった。



手術した事がある人は分かるだろうが、僕は全身麻酔をして手術をする事になった。


そこに向けて準備が必要だった。


簡単に言うと脱毛と僕のジュニアに管を通す事だった。


最初の難関。。。


僕の決心は少しだけぶれそうになった。。。笑


ある意味手術よりきつかったかもしれない…。

読み手の方の想像にお任せするが。。。苦笑





そして、ついに手術日がきた。

なんでだろう?

僕は手術が全く怖くなかった。

全身麻酔と言われていたし、脱毛もしてすでに僕の全ての身を委ねた様な気持ちになっていたからかもしれない。


手術開始。。。



…。



…。。。





僕は目が覚めた。

全身麻酔の効き目もあり、僕は少しモウロウとしながら目を開いて天井を見た。


…。。


《手術は無事に終わったのだろう。》


左足の感覚はその時は無かった。



…。。。



『大丈夫??』


…。


『ヒロト?大丈夫??』



…。


僕は病気のベットに横に座っていたオカンを見た。


《ん???》


僕はうつろになりつつも


《大丈夫だよ。》


と冷静に答えた。



すると、オカンが聞いてきた。


『ヒロト、本当に大丈夫??』



《本当に大丈夫だよ。》



その時にオカンが少し怪訝そうな表情を見せている事に気がついた。




『ヒロト。覚えている?手術が終わって病室に戻ってきた時にあなた暴れたのよ!!』



《えっ…??どうゆう意味??》




『看護婦さんを振り払ってジタバタして暴れたんよ!!』



《はっ???…。。。本当に???》




『だから、暴れた時に手術して縫っていた場所から血液が漏れて再度手術したんよ!!』



《えっ…。。。じゃあ…2回手術したの??…。。。》



『そう!!ヒロトは結局2回手術したから倍以上時間がかかったんよ!!』




《…。。。》



僕には全く記憶がなかった。


ただ、とりあえず暴れてしまったらしい。

どうやら全身麻酔が効き過ぎたらしい…。

という事だった。




《やってしまった。。。》



だから、オカンは僕に最初に声をかけた時に恐る恐るだったのだ。



今では笑い話だが、オカンは相当焦ったらしい。

確かに、それは親としては焦るな。笑



余談ではあるが。

僕は麻酔が効いて意識がない時にオカンにどうやら話しかけていたらしい。


《目の前に沢山の僕のお客さんがいるんだ!》


ってすごく喜んでいたらしい。



オカンが後で教えてくれたが、もちろん僕は何も覚えていない。苦笑






2回手術したのもあって、僕の足は次の日には見事にパンパンに腫れ上がっていた。





そこから、一か月近く入院してリハビリ生活をした。

おじいちゃんやおばあちゃんといつも一緒にリハビリする生活も楽しかった。


ただ、そのうちに少し不安にもなった。


病院の中ではギターを弾けないし、歌を歌う事も出来なかったので下手になっていく気がしていた。



リハビリが順調に進み退院を意識してからはとにかく早く東京に戻ってストリートライブをしたかった。




結果的に手術は上手くいって僕は左足の痛みから1年ぶりに解放された。



いつも右足より冷たかった左足も通常の温かさに戻った。



それから多少の食事制限や二年間は最低正座をしてはいけないなどの規制はあったが、今までの不便さに比べたらなんて事なかった。



僕はこの病気を経験をして今では良かったと思う。


病気をした人にありがちかもしれないが、普通の生活が普通にできる事に感謝する気持ちが生まれた。

きっと、どんな本を読むよりも一番その大切さが実感出来たと思う。



《当たり前の幸せは当たり前じゃない。》




今でもその時の経験を無駄にしない様にあの時の気持ちを良く思い出している。



《上京した時の気持ちを。》



《純粋で新鮮だった想いを。》



《何事にもきっと意味があり、そして答えがどこかにあるという事。》




これからも忘れてはいけないと思っている。


そしてあの頃の、あの時の自分自信を僕は誇りに思っている。


今日という日を迎えられたのは《あの時の僕が》頑張ってくれたから。


だから、今の僕は未来の僕にこのバトンをつなげる為に頑張らなくてはいけないと思う。



《僕が僕であり続ける為に。》



頑張ります!!!





上京物語。

とりあえず  《完。》



ご観覧ありがとうございましたm(_ _)m





※余談

ちなみに左足の病気だが退院する時に先生に


『バイパス手術は限界があり、10年前後で今回手術した血管も調子が悪くなる可能性が充分にありますので。』

と言われていた。



これは見事に的中!!


手術してから11年後に見事に上京した時と同じ症状にまたなりました。笑




ある朝、ゴミ捨てに行った時に


《痛っ!!!》


左足にあの痛みが。



でも。




その後は手術はしてません。

薬も飲んでいません。

要は今でも治っていません。



ただ、相当良くなりました。




自分の潜在の力。

免疫力で何とかしています。笑








この続きはまた別の機会でお話ししますね。(-_^)




※これからも頑張るぞ〜〜!!!

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広音(ひろと)

広音(ひろと)
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生年月日:1979.3.15

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