変質者と闘った話
どもども、皆さま大島薫です
そういえば
ボクは高校生のときから女装をしていたんですが、
当然恥ずかしがり屋さんなボクは、
お家の中だけで着替えて写メったりするだけで
満足していました。
そんなボクは、
外に出ないといけない理由
ができ、外出の練習をしていた時期があったんです。
ですが、やっぱりお昼間に出るのは恥ずかしい
なので、夜、お家の近所を一時間くらい散歩することから
始めてみようと考えました。
深夜、お家で着替えて、玄関を出ます。
この日のために
自宅女装では使わない女物の靴も用意しました。
外に出ると、少し熱気を帯びた風が、
剥き出しの腿を撫でます。
季節は6月、初夏は終わりを告げようとしていました。
少し進むと、住宅街とはいえ、人が通ります。
スウェットのまま近くのコンビニへ行く若い男性、
最近ジョギングを始めたであろうご婦人、
――誰かが近くを通るたび、ボクの薄い胸が早鐘を打ちます。
(だめだ……恥ずかしい。道路沿いに行こう)
ボクの家の住宅街を、東に少し行った先に
国道に接続できる小さな道路が走っています。
人が歩いている住宅街より、そこのほうが
皆車に乗っている分、注目を浴びにくいだろう
と考えたためです。
(ふう、ここならあんまり恥ずかしくないな)
家を出てから30分余り、幾分か余裕も出てきました。
(ふふふ、なんだ、意外と大丈夫じゃないか)
周りを見回すと、見慣れたボクの町が
道路沿いに立ち並んでいます。
女装をして、通るいつもの道が少し違って見えるのは、
いまが夜中だからなのでしょうか。
これなら住宅街に戻っても大丈夫そうです。
脇道から住宅街に戻る坂を降ります。
そのとき、道路脇に停車している車が視界の隅に見切れました。
バタン……
スタスタスタ……
(結構歩いたなあ……。そろそろ戻ろっかな)
コツコツコツ……
(?)
スタスタスタ……
コツコツコツ……
(え?)
スタスタスタ……
コツコツコツ……
(ウソ……なんか、ついてきてる……?)
スタスタスタ……
コツコツコツ……
(間違いない!!!!!! なにか来てる!!!!!)
ボクが思わず振り返ります。
すると、街灯に照らされた先に
大きなマスクとメガネをした、スーツ姿の男性
が立っていました。
(怪しすぎるーーー!!!! なにあれーーーーー!!!!!)
もう泣きそうです。
でも、とりあえず、変に走り出したりして
相手が激昂しないようにまた歩き出します。
スタスタスタ……
コツコツコツ……
(ど、どこか人がいるとこ……)
スタスタスタ……
コツコツコツ……
(ど、どこか……)
スタスタスタ……
コツコツコツ……
気付けば、随分人通りが少ない場所に来てしまいました。
歩きながら後ろを振り返ります。
スタスタスタ……
コツコツコツ……
(ヒィー!! まだついてきてるよー!!!)
とにかくこの状況を
なんとかしようと、辺りを見渡します。
角を曲がった少し先に、月極め駐車場が見えます。
(そうだ。あそこに隠れてやり過ごそう)
気付かれない程度に足を速めて、駐車場に飛び込みます。
広さ30坪ほどの駐車場の奥に停車している車の後ろ、
一台分の空きスペースが見えました。
まだ男は来ていません。
急いでその車の影に屈み込みます。
(はぁはぁ、なに、あいつ……)
息が整いません。
(ずっとつけてきてるけど、一体なに……?
まさか、ボクのこと男だって気付いてないとか?
だとしたら、なにが目的???)
混乱も収まりません。
(……でも、よく考えたら、
ここら辺住宅街だし、もしかしたら本当に
たまたま帰り道が同じだっただけかも知れないよね)
呼吸が落ち着き、少し冷静になってきました。
(そうだ……そうだよね!
こんなところに危ない人なんているわけないよね!
でも、どっから一緒だったんだろう?)
少し思案を巡らせます。
(そういえば、さっきこの道に入る前に見た車……
ボクが通り過ぎた後、扉が閉まる音がしたけど、
もしかして、あれに乗ってた人……?)
さらに考えはまとまっていきます。
(てことは、ずっとあそこでなにしてたの?
誰かが通るのを待ってたの……?
誰?
……獲物?)
そのとき、ボクの頭上に影が差します。
見上げると、そこには
さっきのマスクの男が立っていました。
「! ……あっ……あっ……」
声が出ません。
「……」
マスクの男は無言でこちらを見てきます。
「……」
「……」
お互い言葉を発さず見つめ合います。
「……(え、なんで無言なの、なんでここにいるの??)」
「……」
男の考えや、表情は
そのマスクとメガネからは感じ取れません。
「……(え、どうしよう。殺されるのかな。え、この格好で??)」
「……」
最悪の事態が頭をよぎります。
「……(なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃ……)」
「……」
そのとき、動転したボクの口から出た言葉は、
「……あの、ボク、男ですよ」←
彼のメガネの奥の瞳が
わずかに見開かれました。
そして、次の瞬間、
寂しそうな顔で去っていきました。
(た……)
(助かったー……)ヘナヘナ~
緊張から開放されて、その場にくず折れます。
男がちょうど立っていた駐車場の街灯には
「注意! 変質者が出没しています」
の看板。
そのとき、女装姿のままボクは思いました。
「……どっちが?」
おしまい。
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