映画『聲の形』を観て



みなさんこんにちは!

”歌う絵本作家”まみめろこと米田真実です(*´ω`*)





映画『聲の形』を観て。




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ヒロインの泣きそうなでも頑張って振る舞おうとしている、なんとも言えない表情が印象的だった。







(初上映からだいぶ経ったので大丈夫だとは思うが、もしネタバレが嫌な人がいたら読まないでほしい。)



下記はあくまで私の感性による解釈や感想であり、全ての人に当てはまることではないと前置きする。









『聲の形』。

なかなか時間が取れずにやっと鑑賞した。


予告は見たことがあったのでなんとなく話は想像していた。

まったくその通り、というわけではないが大方は当たっていた。



この映画のお話は簡潔にまとめると、

主人公は耳に障害をもった女の子(ヒロイン)を小学生時代いじめてしまい、そのいじめが発端でほかの友達とも微妙な関係になってしまう。

高校生になった主人公はいまだにいじめを後悔し、自殺を考えるほどの対人恐怖症に。

その後いじめていた女の子と再会、主人公やその周りの環境が大きく変わり始める。


と、いった感じ。





まず、この映画を観て思ったのが、作品に込められた作者の想いがひとつではないのではというところ。



解説は読んでいない。






米田的に無難な解釈でいくと『聲の形』というタイトルからしても、”言葉を発して想いを伝えることの素晴らしさ”を一番に伝えたいのかなと。


現にヒロインは耳が聞こえない。

(補聴器を付けているので多少は聞こえるのか?)

主人公に「すき」と言ったのに「月」と間違えられて伝わらないシーンがあった。

切ない。でも初々しい恋の可愛い描写でもあった。




あとは風刺としては「いじめと自殺の相関性」。

これは大きい。


それに加えて「いじめに加担した親と危害をくわえられた側の親の苦悩」。




現代、いじめと自殺の問題は社会問題にまで発展している。

たいてい、自殺してしまった生徒の親御さんが事後二度とこのようなことが起こらないようにと嘆願する。

報道されてもなお「いじめはなかった」とする学校もあるが、真相はやはり当事者のみが知るものである。



人の気持ちは測れないからね。






私が小学生の時の話。

今でも忘れない出来事がある。



それはクラスでいじめられていたYちゃんがみんなのまえで吊し上げにあったという話。



ある日の帰りのホームルームの時間に突然先生はYちゃんをみんなの前に立たせた。


そして先生は「みんなの前であなたがみんなにやめてほしいことを話しなさい。」と言うのだ。



私はこの瞬間すぐに状況を呑み込めなかった。


なぜかというと、みんなの前で言わせるのもそうだが、

私はその子がいじめられているという認識がなかったからだ。


Yちゃんが何を言うのかじっと見つめながら、そういえば男子から「きもい」とか言われてたなーなんて考えたりしていた。



Yちゃんはゆっくり「いじめないでほしい」と泣きながら訴えた。



教室全体が静まり返った。

きっと、誰も彼女を”いじめてる”認識がなかったからだと思う。


もしかしたら先生も・・・

と、その時は思った。なんて考えても仕方ないけど、残酷だけど小学生の私はそう感じた。



静まり返った教室でみんながじっと息を飲む中、先生がまた口を開いた。



「なんでYちゃんにきもいって言うのかな?Yちゃんの嫌なところがあるなら言ってください。Yちゃんはそこを直すから。」



私は空いた口が塞がらなかった。



唖然としていると一人の男の子が手をあげた。


「Yちゃんは口の中で泡をぶくぶくさせるとこが嫌」


あと2、3人が嫌なところを言った。



先生は「そこを直しなさい」と念押ししたうえで、「Yちゃんは直す努力をするからみんなももう悪口は言わないこと」と、付け加えた。




現代の小学生の先生がこれをやったら確実にモンスターペアレンツが黙ってはいないだろう。


私もこれが正解だとは思わないが、この時初めて”人の心というのは簡単に傷つくんだ”ということを覚えた。




そう思うとあの時のs先生には感謝している。



それに”いじめの発端”が最初は何気なく言ってしまった心ない言葉とかそんなもんなんだ。

それくらいでやめておけばいいのに、なぜかエスカレートしていく。


誰もいきなり上履き隠したり教科書破ったりはしないだろう。



一番最初は歯止めが利かないというより、心理としては心のどこか悪いと思っていても”素直になれないだけ”だろう。

それが繰り返していくうちに加害者側の心も壊れていく。最後には歯止めが利かなくなって最悪の事態を招くのだ。



話が逸れたが、いじめというのは自立できていない子どもにとっては特に厳しいものだ。


ひとりで生きていくすべがまだないから。

子どもでも学校と家庭は違うコミュニティという認識で親にはなかなか言えないんだろうね。

一人で抱え込んでしまうことが多い。




『聲の形』の中でも、主人公とヒロインがそれぞれ自殺しようとする描写が出てくる。



「そこまでしないといけないのか」そればかり思うが、さっきも言ったように”人の気持ちは測り知れない”。



また、主人公とヒロインの親はそれぞれシングルマザーである。


主人公が壊した補聴器代を母が払ったり、補聴器をヒロインから取る際に耳を傷つけてしまった代わりに母がピアスをちぎられたりするシーン(実際は千切られたのか千切ったのかわからないが)がある。

逆にヒロインの自殺未遂を主人公が自分を犠牲にして助けた際に、ヒロインの母が主人公の母に土下座をするシーンがある。


親の慈愛深さが伺える。



このようにいろんな要素を併せ持った2時間じゃちょっと足りないんじゃ?と思う映画だった。

ぎゅぎゅっと詰め込み過ぎた感が否めないというか。笑




でもいろいろ考えるきっかけになったので見てよかったと思う。



忘備録としてここに記しておく。





よねだまみ

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