2019年5月4日

今日福岡から弾丸で東京に帰るぞーと


話してたのが深夜に病院から


電話がきて祖父が亡くなり


結局しばらく東京の方へは帰れなくなりました。


元々このGWに弾丸で来たのも祖父に会いにくるのが目的で


比較的華やかな服を来ていたのは旅行に浮かれていたからではなく


何となく、こうなってしまうことから一番遠いことをしたくて


黒っぽい服を用意していなかったことが


急遽祖父の最期に立ち会う時にすごく困りました。


多分どこか心のなかで祖父が亡くなるという現実を


一番遠くに追いやりたいというとても弱い気持ちが


私の中にあったんだろうなと思います。


妹がたまたま華やかでない服を持ってきてて


かりて着替えて向かったのですがなぜ私でなく


父がいる時じゃないんだろうとか、考えてもどうしようもないことを


向かう車の中でずっと考えていました。


着いてから結局自分の中で一番起きて欲しくなかったことが起きて


だけど最期に一緒にいれたことは祖父なりに


遠方に住む私たちを気遣ってくれたんだなと思おうと考えました。


涙は、出ませんでした。


お昼におじいちゃん、おじいちゃんって声をかけては


何度もおじいちゃんの手を握っていた優しい妹はちょっと泣いてて


だけど荷物をしまったり葬儀場の電話を調べたり


すごくすごく頑張ってくれてました。


真夜中なのが嘘みたいに色々な方がきて手続きやら説明があり


指示に従ってこなし、病院から葬儀場まで祖父が運ばれる姿を


妹と一緒に見送りました。


祖父が亡くなる前、なんだか眠れなくて一睡もしてなかった私は


仮眠をとるために一時的にひとりになりましたが


その時にたくさん涙が出てようやく悲しみを感じることが出来た気がします。


私が祖父ときちんと会話出来たのは2016年の1月が最後です。


私のブログにも書き残してありました。


祖父は昔を懐かしむように私が小さかった頃の話をして


私がとても泣き虫だったくせに気を強くみせてたこと、


本当は寂しがりやだったとか心はどこかひとりぼっちだったこと、


色々話してくれてたみたいです。


全てはっきり覚えているわけじゃないけれど


「孤独感がなくなった」と言ってもらえたことは


私の中で心が軽くなった、人生でも忘れられない大切な言葉にもなりました。


あまり本音が言えずいつも笑顔でうまくやりきろうとする不器用な私を


祖父は幼い頃からとてもよく見てくれていたんだなと思います。


あの時の私は祖父が完全に目が見えなくなってしまう前に


会いに行って姿を見せておけば良かったと後悔しましたが


今回は亡くなる前に会えたこと、手を握り返してくれたこと、


そしてこのタイミングで亡くなったこと。


きっと祖父なりに色々考えやすい私に


最後まで気を遣って旅立ってくれたんだなと

思います。


私は祖父の孫に産まれてきて幸せでした。


今でも明るく笑う祖父の声や表情を思い出すととても寂しいですが


しっかりお別れをしてきます。


今回のことも書くか書かないかとても迷ったんですけど


2016年1月に書き残していたブログに書いてあったことから


思い出が辿れたので今回も書き残しておこうと思いました。

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小田真奈美(おだまなみ)

小田真奈美(おだまなみ)
所属事務所:AMOND-AMIA
身長:162cm・アサリ6000個分
生年月日:1985年2月9日

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