望めば望むだけ流れる愛おしい時間

投稿日：2016.10.30｜カテゴリー：雑文

　僕は望む
　
　世界が平和になる。
　この世界が全ての人の楽園になる。

　世界の見た目は変わらないかもしれない。
　でも皆が豊かで余裕があって
　多様な幸せが認められる世界。

　誰も傷つかず、ましてや殺されるなんてことが
　考えられない世界。
　愛おしい時間が、ただ積み重ねられる世界。

　僕の記憶の中にある幸せな原風景。
　
　春先、イヌノフグリが咲き、ところどころに薄緑の
　蕗の薹が顔を出し、冬の間湿った枯れ葉が乾いて、
　陽光も風も穏やかな近所の丘。
　あたたかな雨が降ると香る沈丁花。

　希望に満ちた気分。

　母親の柔らかい手に連れられて、暖かい道を
　歩いている。砂利道のわきには低い針金の垣根ごしに
　黄色い花が咲いている。安らかな気分。
　
　父親と風呂に入る。体の大きな父親。
　狭い風呂に体を小さくして僕と一緒に入る。
　昔の古いガス窯の風呂。熱いお湯が循環する。
　直接熱いお湯が僕に触れないように、父親が
　盾になる。とても守られている気分。

　真夏の強い日差しで、逆に家の中は薄暗く、
　さっきまで食べていたインスタントラーメンの匂いが
　少し残る。

　戸口の外には、真っ白な光の中
　麦わら帽子とランニングシャツの友人が
　僕を待っている。

　とても遠い記憶。

　ビワの黄色い実。古い土蔵。苔で湿ったコンクリートの塀。
　青々と葉の茂った桜の木。家と緑の垣根の間に薄ら涼しく
　流れるどぶ川。乾ききった砂利道の砂ぼこり。
　空地に忘れられた建築機械の油の匂い。畳屋の軒先で揺れる
　風鈴の音と、い草の匂い。

　匂い。いつの間にか漂うキンモクセイ。
　突然襲われる孤独感。
　運動会と遠足の弁当。ミカンの皮をむく匂い。
　焚火の残り香。　　

　暗く深くなる夜空。親に連れられた傍らのたい焼きの屋台の
　電灯。細い路地の坂道を上がり、幻のように現れる
　古臭い木造の雑貨乾物屋。コンビーフや桃の缶詰、

　乾燥わかめの袋。
　店の中をランドセルが走り抜ける。裸電球の列と魚の匂い。
　
　見上げる程、急な石の階段。白く浮かび上がる大きな鳥居。
　ホコリのような匂いがし、白い綿虫が飛び始める。
　
　枯れ葉や小枝の混じった池の薄い氷。
　蛇口から下がる小さなつらら。
　駅の待合室に匂う石油ストーブ。
　
　甘ったるいケーキの赤い包み紙。

　自宅近くの大きなバイパスに深夜から音もなく
　雪が降り始める。
　静かに視界を埋めつくす白いぼたん雪の合間に
　煌々と光る青い信号。
　思い出したように聞こえる除夜の鐘。

　朝まで薄く降り続ける雪。
　息で白く曇る窓越し、小さく雪のつまった赤い南天の実。
　時が止まった中、お湯が沸く音が聞こえる。

　全てはめぐる記憶のなか。
　愛が流れる安らかな世界。
　誰も傷つかず、ましてや殺されるなんてことが
　考えられない世界。
　
　ただ、それが当たり前で。
　壊されることのない普通の日常。
　ただ積み重ねられる愛おしい時間。
　望めば望むだけ流れ広がる愛。

　思い出して欲しい。自分が何を望んでいたか。
　自分がどんな存在か。
　望めば望むだけ幸せになれる愛の存在。

　誰も傷つかず、殺されず。
　安らかな愛おしい世界。
　世界は私。ただ望むだけ。