レッツゴー☆人間不信
今回のタイトルは、自作の歌詞のタイトルから拝借したのですが、完全に倉橋ヨエコさんの『依存症~レッツゴー・ハイヒール~』に引っ張られている気がします。でも、語感が好きなんだよなぁ~。
こんばんは、御茶海マミです。
曲はまだつけていないので、こちらは引っ張られないように頑張ります。
信じたいのに信じることができないとき、自分が悪いような気持ちになってしまうけど、きっとそんなことはないんですよね。自分を許して、救いを得る感じですが。
眠れない夜は、自分が昨日に置いて行かれる感覚になります。
そんなときは、幼いの頃のひと夏を思い出します。
祖父母が住んでいた団地には、めぐちゃんという、男の子のような女の子がいて、わたしは、その子とその子の友達とよく遊んでいました。
雨の日、おにぎりと作りなれない平たい卵焼きを持って公園にいったり、レモン味のラムネを食べながらセミ取りをしたり、花火をやったり。
めぐちゃんは絵が上手でした。そして、時々、難しい話をしてくれました。
「時間は一方向にしか進まないから、未来はなくて、今が過去になって、その繰り返しが時間なんだよ」
はっきりとは覚えていないけど、そんなことを言っていました。
この時間の話は、今でも眠るときに考えます。わたしはパラレルものが好きなので、並行する時間軸それぞれに、未来、現在、過去があってタイムスリップはズレによって可能なのでは?とか。
昨日どころか、あの夏に、自分を置いてきてしまったのではないかと思うくらい、繰り返し思い出しています。
そして、繰り返し過ごす同じ夏の中で、考えています。
時間は一方向にしか進まない。一瞬で過去になってしまう現在で、わたしは何ができるのだろう。
あの頃に帰りたいとは思いますが、無理なことを知っています。
あの頃のように、走ることができないし、セミを見ることさえできない。
無条件に人を信じることができないし、あの頃のように、空は青くない。
男の子のようだったあの子の後ろ姿は、女性になっていました。
時間の流れと、自分の気持ちにズレができてタイムスリップ状態です。
いや、ズレてはないのか、自分が大人になってしまったことを受け入れたくないんですよね。
思い出す夏は、今でも大好きなのに、
未来に来てしまったわたしは、夏が嫌い。
なんだか混乱してきたので、そろそろ眠ります。
それでは。
深イイ話❤︎
文章うまいね