時間。
オレと親父の時間10分。
先日のモーターファンフェスタ終了後
夕暮れ時に最終コーナー付近に行き
10分の時間を作り思い出を撒いて来ました。
1984年にここ富士スピードウェイで
レース中に事故に遭い
30年透析が必要な身体になり
自分の人生を突っ走ってきた親父。
チーム監督、オーナーとしてその後も
レース活動を続け数々のカテゴリーに
参戦していった。
会社を離れるよう指示が出てから
親父とは会う事もなく連絡も取らずにいた。
オレは親父を許せなかった。
約1年半後に会った時は親父は棺の中。
その時に「オレは必ずアンタを越える。」
と言った。
親父はきっといつでも富士に来たがっていたはず。
この日、きっちりと話をつけれた気がしました。
最後あなたがした事は決して許される事では
ないと思う。
でも息子としてやるべき事はやる。
だから富士に連れてきた。
2016年 8月2日 下田次郎 永眠
今日もありがとう。