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俺の故郷・小樽含む衆院道四区比例復活・本多平直、問題発言で議員辞職、さきがけ出身者たる変節漢・綾大介&西岡真一郎

俺は、平成の怪物16松坂大輔投手と同い年の同じ1980年夏に出生の同じ日本人男子プロスポーツ選手たる事心底誇りに存じます❗

 

俺は北海道・市立小樽病院で41年前出生。俺が出生する八日前に中選挙区時代の衆院選投開票日で

小樽を含む当時の北海道一区では社会党のプリンス、日教組準組織内候補、極左イデオロギストで俺が反面教師にした(後に九段高校の大先輩となる)横路孝弘弁護士が五連続当選。

 

俺が中学生時代の1994年政治改革で小選挙区比例代表並立制導入で道四区創設され小樽も該当

前回2017年衆院選で国替えしてきた旧・立憲民主党元職、日教組準組織内候補だから正しく横路後継ともいうべき本多平直が次点~比例復活。

 

本多平直は1964年12月北海道札幌市厚別区生まれ。北海道札幌南高校卒業。旧帝大・北大法学部へ入学し23歳で卒業、在学中は主に政治学を学ぶ。アメリカの語学学校への留学。また、辻元清美らが主宰するピースボートへの参加を経験した。松下政経塾入塾試験の際は「次の日本国首相に誰が相応しいか?」の問いに「(当時人気を博していた)日本社会党委員長・土井たか子」と答えた。

 

1994年新党さきがけ入党し、同党政策スタッフ。政策担当秘書の資格を取得後、さきがけ衆院議員の枝野幸男(新旧・立憲民主党代表)の政策担当秘書を務める。 枝野は国旗国歌法案の採決で反対、国家解体法案&売国政策=外国人参政権実現に尽力、脱原発~本質的に土井たか子&村山富市と大きな違いを見いだせない。にもかかわらず、自身を保守政治家と身勝手な定義し保守層の支持を集めるべく正月に伊勢神宮参拝=欺瞞に満ちた行為。

 

衆院埼玉12区選出された時期に、松下政経塾の大先輩を首班とする民主党政権・野田佳彦内閣で首相補佐官。

『野田佳彦』元首相はマトモな感覚(「A級戦犯は戦争犯罪人ではない」と正論、外国人参政権反対、集団的自衛権行使容認派、改憲論者)持ち合わせた保守政治家で、俺自身も民主党政権が終焉迎える直前の2012年9月代表選での再選や2002年9月代表選初出馬に消極的に支持した。

しかし、本多平直は対極的な売国政治家。

本年5/10と同月下旬に開かれた立憲民主党の性犯罪刑法改正に関するワーキングチームにおいて、同党の50代の衆院議員が「たとえば50歳近くの自分が14歳の子と性交したら、たとえ同意があっても捕まることになる。それはおかしい」「12歳と20歳代でも真剣な恋愛がある」「日本の性交同意年齢は他国と比べて低くない」と発言したと、6/4に産経新聞が報じ6/7「50歳が14歳と同意性交で捕まるのはおかしい」と発言した50代の衆院議員から「興奮していたので覚えていない。本意ではない」と撤回の申し出を受け、立憲民主党は報告からこの発言を削除したが、この議員が本多だったことが同日中に判明した。同日夜、本多は「おわびして撤回する。誠に申し訳ありませんでした」と謝罪するコメントを発表し翌8日にも国会内で謝罪した。また、この発言に対し、ワーキングチームに参加していた刑法学者の島岡まならから批判があり、立憲民主党幹事長の福山哲郎(在日韓国人から帰化以前は陳哲郎)は本多を口頭で厳重注意した。

 

7/12、ハラスメント防止対策委員会から報告書が党に提出されたことを受け、代表・枝野から、本多にとって大変厳しい内容である旨告げられたのみで報告書の開示もないまま、離党を強く促された。本多自身は納得できず、離党を拒否。

 

その後、党員資格停止一年、離党勧告、議員辞職の求める声が強まり、

本人は

「党内議論の、特に人に重い刑罰を課す法律についての真剣な議論の中での例示を理由とした重い処分は、政党内の自由闊達な意見表明を委縮させかねず、またひいては言論の自由、思想の自由の侵害にもつながりかねない深刻な問題です。党の適切な対応を、強く希望します。」などとSNSで主張し無駄な抵抗していたが、

本日、離党ならびに議員辞職の意向を表明

「口は災いの元」、「自分の言動(そして行動)には全責任追わなければならない、全て自分の身に返ってくる」とはコノ事、体現した事例かな。

 

非公開の場、公の場所であろうと、上記に違いはない。 ただし、人の悪口を言いふらす、誹謗中傷、必ずしも刑法・名誉毀損&侮辱、非親告罪の偽計or虚偽風説流布業務妨害、信用毀損、証取法改め金融商品取引法違反(風説の流布)、公選法違反(虚偽事項公表)成立すると限らない ただし刑事罰の対象たり得なくとも、顰蹙かい非難や批判の対象となり社会的制裁受ける場合も。

 

民社党創立者・西尾末広元官房長官の信奉者たる極右政治家の俺個人的には、愛する祖国日本を貶める輩、明らかにマッカーサー憲法に違反する国家解体法案&売国政策=外国人参政権実現に取り組む輩が唯一の立法機関、国権の最高機関から去ったいう点では喜ばしい事だ(笑)

2017年衆院選・比例道ブロックで旧立憲民主党候補として当選した本多平直の辞書に伴い、山崎摩耶元衆院議員が任期満了だとしても残り数十日程度ながら繰り上げ当選し俺も党員たる新・国民民主党所属で活動。

 

現職国会議員でさえも、議員生命を事実上終わらせるのは簡単だということ。リークやスキャンダルをうまく扱えば、葬り去ることができる。それも選挙に近ければ近いほど、その効果が大きく発揮されるといえよう。 軽率な発言、妄言、愚論を述べる政治家諸君に警鐘を鳴らす一定の効果は有ったのでは。

 

本多平直は自身と同い年の弁護士・枝野幸男が20代の終わり1993年さきがけ推薦候補として衆院選初出馬し新人国会議員なった時点から首尾一貫して政治行動を共にしてきた。 売国政治家同士気心知れているのだろう(笑) 今回の問題発言で枝野によって引導渡された。枝野は側近・盟友たる本多を一切擁護しなかった点は、野党党首として一定の評価に値するのではないだろうか。

 

配偶者は、同じ立憲民主党国会議員(衆院新潟一区)の西村智奈美元外相政務官

 

さきがけ出身者でいえば岡山市内で保険代理店営んだり学習塾・個別指導Axis 万倍校責任者務める綾大介という男がいる。 トンでもない変節漢(笑)

 

二浪して入学の1993年7月明治大学農学部1年の夏、

総選挙で当時・社民連前職(日本人拉致実行犯たる北朝鮮工作員シンガンス釈放嘆願書に署名~後に国旗国歌法案反対し外国人参政権実現に尽力)弁理士・韓直人の事務所のボランティアスタッフ さきがけ~旧民主党~民主党と韓直人と政治行動を共にし、それらの政党の青年組織で主体的役割を果たし(25歳で明大卒業)旧民主党本部や民主党岡山県連事務局に勤務

 

1999年岡山市長選の手伝いで知り合った姫井由美子事務所勤務経験有する佐藤美紀と交際し2001年1/1婚姻届提出前にお腹に命が宿り2001年1/21結婚式で韓直人・伸子夫妻に媒酌人まで務めてもらって その席上、

「韓さんを首相にする事が自分の夢、その手伝いをするのが自分の目標」述べたが

2002年12月韓直人が最大野党の党首=民主党代表=ネクスト首相に返り咲いた翌月2003年1月民主党離党~本来希望していた民主党からは公認・推薦得られないがゆえ

「自民党でも民主党でもない」無所属(日本政策フロンティア推薦)で岡山県議選出馬し民主党公認候補と敵対し次点 しかも民主党除名された田中甲&山村健両衆院議員に御支援受ける。県議選落選後、衆院議員会館内の山村事務所で手伝いしたかと思えば、03年総選挙では、(さきがけ~旧民主党出身)民主党前職の井上和雄候補の選挙のお手伝い 2005年8月郵政解散以降は自身の岡山中高の一年後輩の自民党・平成研究会の橋本岳(橋本龍太郎元首相の次男)の支援者=韓直人首班の内閣樹立の為にお手伝いする目標にする事とは完全に逆行

 

しかも対立候補の民主党新人・柚木道義は幼稚園同級生で、県連職員当時は当然仲間でもあった。柚木道義は韓直人の盟友・江田五月参院議員の秘書も経験し初当選後は党内派閥・韓G加入し初当選直後と数か月後の民主党代表選で韓直人推薦人名簿に名を連ねるほど。2015年には岡山市議選南区選挙区から無所属で出馬も最下位で落選(自民党の公認・推薦ではない)。「出来もしない事は口にしない&守れない約束は最初からしない」何故、そんな事も理解出来ないのだろう(笑) (笑)

 

さきがけ出身者たる変節漢では他にも小金井市長・西岡真一郎https://www.kogamira.net/profile 先日のニュースで「タレントの友寄蓮(26)が20日、自身のインスタグラムを更新。東京・小金井市の西岡真一郎市長と今年春に結婚していたことを報告した。併せて、第1子を妊娠中であることも明かした。」

 

 

1969年5/11に武蔵野市で(我々の学年の代表の怪物16松坂大輔投手より11年早く高三でパシフィック&イースタン両L加盟球団ドラフト1位指名18伊良部秀輝投手よ六日遅れで)出生

 

小金井市内の小中~都立清瀬高校~一浪し獨協大。

19歳のとき、地域活動に熱心だった父親が唐突に市議選に立候補し、落選。それが政治を志すきっかけになった。

 

1993年23歳の新卒で政権与党・自民党本部就職、政治改革推進本部の事務局長だった清和研・武村正義に心酔。

しかし、同年6/18に宮澤改造内閣不信任案可決で武村正義グループが集団離党して新党さきがけ結成したが、西岡真一郎自身は行動共にせず

与党・自民党本部職員として衆院選携わり、野党さきがけ前職・武村正義候補が再選目指す滋賀全県区にも(業務の一環とはいえ)足を踏み入れた。

政権失う直前の与党・自民党本部の24歳の新入職員と政権交代目前で初入閣控えた野党党首とはいえ、敵対関係(笑)

 

本当に武村正義に共鳴しているなら、6/18武村正義が離党した当日に、自身も無断欠勤・職務放棄してでも追随して、6/21さきがけ結成記者会見に参加→さきがけ選挙ボランティアすべきだ!

 

投票日7/18東京駅で武村正義に直訴して、野党転落・自民党本部退職→政権与党・さきがけ本部職員に。

1996年衆院選直前さきがけ分裂(=旧民主党結党)後も残留→退職、28歳で無所属・さきがけ推薦で小金井市を含む衆院東京18区選出の(さきがけ出身)旧民主党代表・(日本人拉致実行犯たる北朝鮮工作員シンガンス釈放嘆願書に署名~後に国旗国歌法案反対し外国人参政権実現に尽力)韓直人が党代表たる旧民主党の候補者とも戦いながら小金井市議選初当選。

2001年(前年衆院選で落選した)前議員・武村は民主党入党したが、自身は民主党入党せず民主党衆院議員・韓直人と決して協力関係ではなかった。

それどころか、韓直人が最大野党党首=民主党代表=ネクスト首相だった2003年衆院選直前に

自民党・鳩山邦夫元文相が「私の政治遍歴を考えれば、元々の選挙区である東京2区(中央、文京、台東区)から出ることはできないと考えた」「韓さんは好きな政治家で十分に評価しているが、政権を担ってもらうわけにはいかない。一番やりがいがあるのは18区だ」「あのような人物を一国の首相にするわけにはいかない」と述べ国替えしてきた際は全面的に鳩山邦夫元文相支援(邦夫元文相は比例上位優遇で再選し2005年実母<旧姓石橋>安子さんの実家ブリジストンの城下町・福岡六区国替え)。

 

邦夫元文相全面的支援し韓直人潰しに動いた一年数か月後の05年1月(西岡真一郎自身は無所属現職として小金井市議選3連続当選に向けて準備の最中)韓直人から誘い受け民主党新人として都議選出馬決意し同年夏に都議会初当選~2009年再選~2013年落選。

 

2010年6月韓直人新首相誕生時に西岡真一郎は自身のブログにおいて

「絶対にあきらめない姿勢で政治や市民運動に取り組んでこられた韓首相の長い長い歴史を振り返り、韓首相が歩いてこられた道程や想像を絶するほどのたゆまぬご努力に心の底から感銘するとともに、この瞬間に立ち会えたことに大きな感動をいただきました。 さあ、これからが、いよいよ本番です!



 





これまでの長い長い間の自民党・官僚主導政治による政策遂行によって著しく衰退した我が国日本を、新しい日本に創り上げていく大きな取り組みが始まります。それは、もちろん、民主党のためでもなく、選挙のためでもない、この世に生まれてきた私達全ての日本人とこれから生まれてくる将来世代の未来のための大仕事です。政治家や政党が、何のために、誰のために存在しているのかとう根本的な柱の部分で、多くの国民から政治への不信を招いてきました。失われた政治への信頼を取り戻すことも重要です。これまで、韓首相の強烈な信念、一歩も引かない揺るぎない強い精神力と決意、理論的な頭脳で導かれる韓首相特有の決断力を目前で見て参りました。この韓首相特有の個性と志、政権の理念を旗印に、チーム韓、韓内閣・民主党政権で、国難に立ち向かい、日本を真に再生させるための本格的な政治的大事業に果敢に挑むことになると確信しています。また日本のかじ取りにおいては、政治を志した時からの理念、さきがけを経て、民主党を結党した時から練り上げてきた政策や政権戦略を存分に発揮していただきたいと念願しています。韓首相との出会いは、私が、新党さきがけ本部職員時代に新党さきがに入党された時以来ですから、すでに16年になります。今日、韓首相が誕生したことに際し、このブログでは、お伝えきれないほど、様々な思いが湧き出てきます。とにかく、今の日本の閉塞状況を打破し、日本を再建し、何よりも国民のために懸命に仕事をする本格政権を創り上げていただきたいと心の底から願っていますし、必ず前進すると信じています。暫定政権や選挙管理内閣などは全く必要のないものであります。そのためには、七月の参議院選挙での民意が極めて重要な通過点となります。

そして、韓直人さんが首相になるということには、様々な大きな意味や意義があると感じています。それは特に、1、世襲政治家や2世ではなく、普通の家庭出身であること、2、自民党に存在したことがない自民党外からの首相誕生であること、3、民主主義の根幹である選挙において、草の根選挙、市民選挙を実践し、地盤・看板・鞄がなくとも政治に挑戦できる元祖・選挙革命を成し遂げた人であること、4、官僚主導内閣から国会・政治主導内閣という言葉の提唱者であり、国民主権を何よりも尊重していること、5、失敗してきた公共工事依存や市場原理主義でもない、官僚ではない韓首相自身が練り上げてきた第三の道である新しい日本の成長戦略を掲げていること、等々であります。

韓首相には、日本の政治の歴史を、良い方向に大転換させる取り組みに専念していただき、我々は、韓首相の地元でしっかりと役割を担っていくと決意する一日でありました。」

「昨日の韓新首相の誕生を受け、今日も多くの市民の方々から各地でご激励をいただきました。ただ、正直に今の私の気持ちを申し上げれば、韓直人衆院議員が30年来の地道な活動を積み重ね、内閣総理大臣に就任することを心の底からとても喜んでいるのですが、それ以上に、これまで以上に気を引き締めていかなければ、何としても政治への信頼を回復しなければ、同じことの繰り返しにならず責任をしっかりと果たしていただきたい、という言わば緊張感のような思いのほうが圧倒的に強い気持ちであります。最も厳しい状況下において決断された韓新首相の覚悟と決意が日本を動かし始めるよう、私は、都議会や地元の小金井市での己の本分を精一杯に全うすべく、毎日修行の精神で、日々努力あるのみ、です。韓・民主党政権をさきがけ魂で本格政権へ、来週の八日にも発足する国民のために仕事をするチーム韓(韓内閣)の誕生を大いに期待しています。」

明らかに、西岡真一郎の政治経歴と矛盾・整合性欠落の文章だ!

本当に韓直人を支えるのであれば、正に中選挙区時代から韓直人が選出されている地域の地元住民なのだから、社民連幹部時代の韓直人の事務所出入りしてお手伝いすべきであろう。

 

 

無所属の自治体議員として距離置くどころか、対立候補=エスタブリッシュメントの典型的な例の自民党初代総裁の鳩山一郎元首相の孫の邦夫元文相に対する全面的支援、即ち韓直人潰しまで取り組んだのに(笑)

 

 

両名とも支離滅裂もいいところ。

政治家(同志望者、周辺の人物=政党職員&国会議員事務所スタッフであっても)の言葉・発言、絶対に軽い物であってはならないハズ。 幼い頃から(後に九段高校の大先輩)極左イデオロギスト横路孝弘弁護士反面教師に祖国日本真剣に愛しヤマト民族の誇り重んじ御皇室の弥栄祈る臣民たる日本国民のあるべき姿追求し幼稚園や小学校の大先輩の石原慎太郎元運輸相以上にタカ派・右翼的な政治家目指し当時から民社党創立者・西尾末広元官房長官の信奉者の俺にとっては俺自身の座右の銘でもある首尾一貫・初志貫徹・百折不撓する事の重要性を改めて感じさせてくれた反面教師。

 

公明党の創立者が池田大作SGI会長であるように、俺が党員たる昨年9/15設立の新・国民民主党は民社党の四半世紀ぶり復活版なのだから、西尾元長官を源流・ご先祖様に位置付けるべきだ!

 

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大場綜(おおばそう)
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