SOLA TODAY Vol.56
ネットというのは最新の情報が提供されているだけでなく、科学的根拠のないデマや陰謀論が拡散していく場所でもあります。根拠のないデマに限って広がっていくスピードは早く、その期間も長いという性質を持っています。なぜそうなるのかを研究している興味深い記事を見つけました。
なぜネット上にはデマや陰謀論がはびこり、科学の知見は消えていくのか:研究結果
その研究をしているのは、IMTルッカ高等研究所のウォルター・クアトロチョッキという方です。この記事のデマの例としてあげられているのは、「遺伝子組み換え農作物は健康に有害」「予防接種は自閉症の発生率を高める」「地球温暖化は人為的なものではない」というようなものです。確かにこういったことを、まことしやかにネットで主張している人は大勢います。
このようなデマは不確定要素が多分に含まれているにも関わらず、そうしたことに目をつぶってしまう傾向があります。一方科学的な知見というものは、不確定要素があれば他の研究者によって検証されていきます。ところが事実として明確になっていく科学的知見よりも、曖昧なままのデマの方がネットで拡散していきます。その理由として、ウォルターさんは3つの要因をあげています。
「同質性」、「エコーチェンバー」、そして「確証バイアス」です。
「同質性」というのは、ネットのコミュニティに存在する人間関係です。自分と似た価値観を持つ人が自然と集まるという性質です。SNSで交流していく人は、同じ価値観を持っていなければ成立しません。それが数人単位であれ、数万人単位であれ、同じ価値観を持つ人が情報を共有するという『場』がすでに成立しています。
「エコーチェンバー」というのはその「同質性」を広げていくシステムです。日本語で書けば共鳴室ですね。例えばSNSにおいて膨大な情報が流れていますが、自分がフォローしたり「いいね」をするのは、自分のアイデンティティに沿ったものです。目に止まる情報というのは、必然的にそうなっていきます。
でも目にしたくない嫌なものや、反感を持つ内容は避けてしまいます。フォローを外したり、ブロックをしたりするということになります。結局は他人の記事に反応してコメントしながら、自分の脳内にあるものをそこに反映させているだけだと著者は述べています。SNSは自分の脳内を暴露する空間であるのです。具体例として次のように書かれています。
『例えば「予防接種は自閉症の原因となる」という記事を、あなたがシェアしたとしよう。コミュニティー内の誰かがそれに同意し、共感を示す。まるで自分の声のように反響する意見は、そのコミュニティーの価値観を鋭利化し、同時に異論には抵抗を示すようになる』
こうしてデマが広がる要因が完成されていきます。さらに「確証バイアス」がそれらを強化していきます。それについての著者の説明を抜粋します。
『人々が、ある情報の真偽に対するリサーチをする目的は、すでに自分のなかで決まっている“答え”を確認する行為でしかない。ゆえに、最初から信念に反論する情報には目を通すことをしない。これが「確証バイアス」であり、偏った思考をつくり出してしまうものだ』
ネットで何かを探すとき、すでに自分のなかでは答えが決まっています。それに反するものは目に入っても無視してしまいます。そして自分が納得できる意見を事実として認識して、それをさらに拡散させていく。こうしてデマが広がっていくわけです。
詳しくはリンクした記事を読んでいただけらと思いますが、とても興味深い研究です。そしてどうすればデマを抑えることができるか、という研究も続けられています。ところがその答えが出るのはまだ先のようです。
例えばデマに反論するために正しい情報を提供しても、それを信じている人の信念を変えることは非常に難しいとのことです。そうした信念には、自分が生きるために積み上げてきた指標としての「世界観」がバックボーンにあります。その「世界観」を揺るがすような事実は、それが正しいことであっても受け入れることができません。それが人間かもしれませんね。
これはネット上におけるデマの研究ですが、もっと広い意味でとらえてもいいように思います。わたしたちが日常から現実だと思っている世界も、こうした要素から構成されているのではないでしょうか?
現実世界において、自分が真実だと信じるものしか、人間は見えていないと思うのです。人生において天地がひっくり返るような出来事を体験しないと、そうした価値観を転換させるパラダイムシフトが起きないように思います。子供の頃から育てきた価値観から逸脱することを恐れ、そこに安住しようとしています。だから他の世界が見えませんし、存在することを認めようとしません。
デマの拡散を防止する方法論が確立すれば、人生における価値観の転換にも応用できるように感じた記事でした。
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