自由意志の使い方
翌朝早く起きないといけないのに、眠れないときはどうすればいいのか?
不思議なもので、眠らなくてはと思えば思うほど、目が冴えてくる。そんな経験は誰にでもあるだろう。
仕方ないから、強いお酒でも飲むか。あるいは睡眠導入剤を使うか。それとも古典的に羊の数でも数えてみようか。
どうするかは、あなたの自由意志。やれることはやってみればいいと思う。けれどもどの方法を選んだとしても、答えは同じ。
なぜなら、その日にあなたが睡眠に入る時間は決まっているから。その時間が来るまで、どれだけ頑張っても眠ることはできない。
人間に自由意志があると思うのは、そう錯覚しているだけ。今夜眠る時間は、すでに今の段階で決まっている。だから眠れないからといって悩んでも無駄なだけ。その時間になれば、どうあがいても眠ってしまう。
かなり強引な論理を展開しているのは承知している。でもボクは、人間に自由意志など存在していないと確信している。自分で選択しているように感じるだけであって、起きるべきことが起き、なるべき状態になっている現実世界を知覚しているだけにすぎない。
どれだけ鋭い反射神経を持っている人でも、刺激を受けて脳が知覚するまでにはタイムロスがある。どんなに頑張っても出来事が起きた瞬間を知覚することはできない。ボクたちが知覚しているのは、厳密に言えば常に『過去』でしかない。
つまりすでに過ぎてしまっていることだから、受け取る結果を変えることはできない。過去の瞬間を『今』体験しているように錯覚しているだけ。だから乱暴な言い方をすれば、人間に自由意志など存在しない。布団で眠れないと悩んでいるより、決められた時間が来るのを待っているほうが精神衛生上は有意義かもしれない。
こういう話をすると、必ずこんな答えが返って来る。
「だったら、人間は何の努力もしなくていい。運命が決まっているのなら、頑張っても意味ない」
そのとおり。そう思う人は、何もしなければいい。するとその概念を証明する人生を体験すると思う。
でもボクはちがう。必死で努力する。そこにあえて、『自由意志』という概念を持ち込んでいる。なぜなら、必死で頑張った世界を体験したいから。ただ、それだけのこと。
努力しても努力しなくても、運命が決まっているのなら同じように思うかもしれない。でもあなたと、似た境遇の別の誰かの人生が同じだろうか?
わかりやすく説明してみよう。眠れない2人の男性がいたとする。
1人は最初に書いたような方法を試して努力することで、午前0時に眠ることができた。
もう1人は運命が決まっていると思って何もせず、午前4時まで眠れなかった。
前者は午前0時に眠ることが決まっていた。だから様々な方法を試すことも同時に決まっていた、ということ。
後者も午前4時に眠ることが決まっていた。だから何もしないことも決まっていた。
このちがいわかるだろうか? あなたならどちらの人生を経験したいだろう?
ボクならせっかく生まれてきたのだから、行動を起こすことの結果を体験したい。やらないことで得る経験よりも、何かにトライすることで得る経験のほうが楽しそうだから。
もちろん失敗することもあるだろう。やらなければよかったと思うことがあるかもしれない。でも無理だと感じた壁を越え、新しい世界を経験できたときの充実感は格別だと思う。どうせ決められた運命の人生を生きるのなら、楽しみの多い人生のほうがいい。
だから努力することを、『運命』に取り入れたいと思っている。それはつまり、『自由意志』があるかのごとくふるまうこと。ないと知っていても、あると思い込むことでモチベーションを高めることができる。
大切なのは、自由意志が存在しないことを忘れないことだと思う。自由意志があることをあまりに信じすぎると、結果が出る前に自分がまちがっていないかと思い悩むことになる。そうなればせっかくの行動を止めてしまうことになりかねない。
自分が置かれた状況や精神状態に応じて、自由意志を出し入れできるのがベスト。やる気があるときは自由意志があると信じて、どんどんトライすればいい。眠れないと思えば、思いつく限りの眠れる方法を試せばいい。
でも心が落ち込んでいるときや自信を失くしているとき、自由意志は邪魔になるだけ。何とかしなければ、と気持ちばかりが空回りしてしまう。運命は決まっているのだからジタバタしないことだ。どうせ決まった時間まで眠れないと開き直ることで、のんびりその時間を待っているほうが安らかに眠れる。
自由意志というのは両刃の剣であり、どのように使うかによってプラスにもマイナスにもなる。前提として運命は決まっていると認識しつつ、自由意志をその場に応じて使い分けるのがベストだと思う。
『高羽そら作品リスト』を作りました。出版済みの作品を一覧していただけます。こちらからどうぞ。