去りゆく人と残された人の葛藤
今日の7月3日は、朝から気になっていることがある。東京の歌舞伎座では7月の大歌舞伎が初日で、市川海老蔵さんの長男である勸玄(かんげん)君が、史上最年少での宙乗りに挑む。まだ4歳だよ。
以前から海老蔵さんのブログを読んでいたけれど、妻の麻央さんが亡くなってからは、さらにブログを訪れる機会が増えた。それは残された家族たちのことが、他人ながら気がかりだったから。
長女の麗禾ちゃんはまだ6歳で、弟と同じく母親が恋しくてたまらない年齢だと思う。そんな幼い二人の子供を抱え、自分だって辛くて耐えきれないだろうに、必死で今月の舞台の稽古を重ねてきた海老蔵さん。それは勸玄くんの晴れ姿を、天国にいる麻央さんに見せたい一心だと思う。
ところがその勸玄くんが、「今日は出ない」と朝から言い張っていた。子供のことだから十分に考えられることだけれど、さすがに初日なので海老蔵さんも相当困っている。ずっと今日のブログを追いかけているけれど、どうにか歌舞伎座入りは果たしたみたいw
無事に宙を舞ったのかどうかは、まだ今の段階でわからない。でもきっとやり切るだろうと思う。だって市川團十郎という市川家の宗家の息子であり、未来の團十郎だもんね。やるしかないだろう。
麻央さんが亡くなった直後、同じペースでブログを更新したり、子供たちをディズニーランドに連れて言った海老蔵さんに対して、非難の声を上げる人が大勢いたらしい。妻を亡くし、母を失った人たちの心を無視した、配慮に欠ける悲しい発言だ。誰よりも辛いのは、当人たちなのに。
人は誰でもいつか死ぬ。家族であれ友人であれ、いつか別れの日がやってくる。きっと麻央さんは夫の海老蔵さんと子供たちのことが気がかりで仕方なかったし、海老蔵さんや家族たちも言葉にできない苦悩を抱えていると思う。もっとこうしたかった、ああするべきだった、という想いでいっぱいだろう。
この世を去りゆく人も、残された人も、自分のなかに苦悩と葛藤を抱える。いろいろな想いが渦巻いて、混乱するばかりだろう。
そんな去りゆく人と残された人の葛藤に、正面から向き合った映画がある。
『グッドナイト・ムーン』(原題: Stepmom)という1989年のアメリカ映画。以前に観たことがあるけれど、昨日、久しぶりに観た。そして以前と同じように切なくて、愛おしくて、心が揺さぶられて号泣した。
主人公は写真の二人で、夫と離婚した元妻のジャッキーをスーザン・サランドン、そしてその夫と再婚するイザベルをジュリア・ロバーツが演じている。夫のルークは僕の大好きな俳優さんであるエド・ハリスが演じていてる。
ジャッキーとルークの夫婦には二人の子供がいる。長女のアンナは12歳で、弟のベンはまだ5~6歳くらい。
ルークは子供を愛していて、二人がいない生活なんて考えられない。だから離婚しても子供を交互に面倒をみることになっていて、ルークを愛するイザベルも子供たちに好かれようと必死になる。
だけど多感な思春期を迎えたアンナは、どうしてもイザベルを毛嫌いする。それは母のジャッキーの気持ちを感じ取っているからだろう。ジャッキーは子供たちが母親よりも他人になつくことを恐れ、イザベルも自分が母親になれないことに悩む。
ところが少しずつイザベルの努力が実り、アンナが彼女の存在を認めるようになってくる。弟のベンはすでになついているから問題ない。そんなとき、衝撃の事実が明らかになる。ジャッキーのガンが再発して、余命宣告を受けることになった。
母親として子供たちの成長に立ち会えない。ジャッキーは絶望して、怒り、感情的になってイザベルや元夫のルークに当たり散らす。子供たちも母の異変を知らされ、母親を失うことに直面させられる。
この映画のすごいところは、そうした拒絶や怒りが、やがて受容に変わっていく課程だろう。これは終末期を迎えた人間の心理状態と同じ。その様子が見事に描かれている。
ジャッキーは自分の子供を託すにはイザベルしかいないことを受け入れ、イザベルもジャッキーの代わりにはなれなくても、子供たちの未来を請け負うことを決意する。
ラストシーンは感動する。死を受け入れたジャッキーと家族たちが、一緒にクリスマスを過ごしている。もちろんそこにはイザベルもいる。そのときのふたりが、先ほどのツーショットの写真。これを見るだけで涙が出てくる。
この世を去りゆく人も残された人も、言葉にできない葛藤を抱えている。だけど伝えたいことを託せる相手がいるということほど、素晴らしいことはないのかもしれない。
去る人は自分の想いを託し、残された人はそれをやり遂げようと決意する。そうすることで、愛の輪がつながっていくのだろう。この映画が見ている人の心を動かすのは、その愛のループが登場人物のなかに表現されているからだ。まだ観たことがない人は、ぜひ一度このループを体験してほしい。
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