この母性は恐ろしい
毎月21日は早朝から近所の寺で鐘が鳴る。おそらく空海ゆかりのお寺なのだろうけれど、それであることを思い出した。
ちょうど9年前の今日、早朝に京都を出て引っ越しの荷物を運びながら、この寺の鐘の音を聴いていた。ということは神戸で暮らし始めて、10年目に突入したということになる。なんだかあっという間だった。
始めてバルコニーからこの景色を見たとき、妻と二人で感動の声をあげた。夜景がさらに美しい。9年も見ていると飽きそうだけれど、この景色はまったく飽きない。今でも毎日、感動のため息をつきながら眺めている。
この先神戸でどれだけ暮らすのかわからないけれど、ずっと住みたいと思う街であることはたしか。Twitterでもつぶやいたけれど、そこそこの都会で海も山もある。京都に比べたら冬の寒さはましだし、夏はかなり過ごしやすい。神戸で暮らせて、とても幸せだと思っている。
今日は朝のブログを休んで仕事に没頭していた。おかげで予定していた仕事が完了。明日に原稿を郵送したら終わりなので、これで新作から手が離れる。来月にも一つ種まきをして、新年からはまたまた新作に取り掛かる予定。
とにかく今はひとつでも多く新しい物語に向き合い、終わらせることが大切だと思っている。ひとつの物語をきちんと終わらせることで、多くを得ることができる。そして次に向かうべき道が見えてくる。ひたすらそれをくり返していくことで、自分だけの世界を確立できると思っている。
名前を見なくても、読んだだけで誰の作品なのかわかるような作家になりたい。そんな理想的な個性を放っている作家の本を読んだ。
『母性』湊かなえ 著という本。湊かなえさんの小説なら、ボクは名前を伏せて読んでも彼女だとわかる自信がある。それほど強烈な個性と構成で完成している小説だということ。いつもと同じようにこの作品も、人間の心の深淵を見せつけられたような衝撃を受けた。
ある女子高生が自殺未遂をする。その女子高生と母親、さらにまったくの他人という3つの視点で物語が進行する。全身の神経がむき出しになったような小説なので、読んでいてピリピリする。タイトルの通り『母性』がテーマなんだけれど、男のボクでも身もだえしてしてしまう。
この小説のなかでも語られているけれど、女性には二つの種類があるとのこと。それは母と娘。特にやっかいなのが『母』という存在。
母となる以前に、当然ながら誰かの娘であったはず。母となるよりも娘であることを重視した登場人物の苦悩が描かれている。なかでも強烈に印象に残っているシーンがある。
主人公の母と娘が、台風の大雨で家の下敷きになる。火事も起きたので、助けださないと焼死してしまう。主人公は『娘』の立場で母を助けたいが、その母は自分の娘を助けるように主人公を説得する。どちらかしか助けられない状況。
なんと主人公の母は、孫の命を助けるために自分の舌を噛んでしまう。主人公に迷わず孫を助けさせるために。自分は『娘』の立場で母を助けたかったのに、『母』として娘を助けざるをえなくなる。
その事故は娘が小学校の入学前だったが、高校生になったその子は当時の事実を知ってしまう。母は自分よりも祖母を助けたかったのでは? 自分のせいで祖母は死んだのでは? 絶望した娘が自殺未遂を起こしてしまう。
ところがこの自殺未遂も単純な動機ではなかったという物語。母を思う娘の愛が動機になっていた。気になる方は、ぜひ読んでほしい。『母性』というものについて考えさせられるはず。
救われるのは、この小説がハッピーエンドで終わること。だから読み終わったあとに、ホッとする。こんな小説は、湊かなえさんでないと書けないだろう。尊敬するとともに、この境地に達したいと真剣に考えている。
『高羽そら作品リスト』を作りました。出版済みの作品を一覧していただけます。こちらからどうぞ。