被抑圧者たちの、狂気としたたかさ
今日は立春なので、1年の始まりと言っていい。ということで心機一転、自分に気合いを入れている。
だけどさすがに立春。ここ数日に比べて、急激に空気が冷たくなった。明日の朝は氷点下の予想だし、来週は最高気温もせいぜい5度前後。まぁ、その寒さも、せいぜい今月くらいのことだろう。月が変われば、少しずつ春めいた日も増えてくると思う。寒さが厳しい冬は、それだけ春が楽しみだよね。
さて、かなり久しぶりの映画を観た。もう何度観たか数えられないくらいだけれど、いつ観ても日本の映画史上における、最高傑作だと断言できる。
『七人の侍』という1954年の日本映画。説明するまでもないけれど、黒澤明監督の代表作と言っていいだろうね。
とにかく3時間半を超える作品なので、2日に分けてじっくりと観た。やっぱりいい映画だよな。この映画について語り出したら、何時間でも話していられると思う。ハリウッドがこの映画をリメイクして、『荒野の7人』を作ったのは当然だろう。
志村喬さん演じる島田勘兵衛が、百姓を助けるために腕の立つ武士を探すシーンだけでも、映画の魅力に満ちている。7人のうち5人はすごい武士ばかりなんだけれど、木村功さんが演じる青年武士の勝四郎と、本当は百姓なのに武士になりすましている菊千代がその7人に加わることで、物語を深める絶妙なバランスをもたらしてくれる。
三船敏郎さんの演技は、『用心棒』や『椿三十郎』が大好きなんだけれど、この菊千代もメチャメチャ好き。虚勢ばかり張っているけれど、それなりに腕はたつ乱暴者。でも子供たちには慕われていて、農民がどれだけ抑圧されているかも実感している。
村の長老の家が焼かれ、身寄りのない子供を助け出した菊千代が、子供を抱いたままで泣き叫ぶ。「こいつは、俺なんだ!」と。ボクはこのシーンで、いつも涙が止まらない。
7人のなかでボクの一番のお気に入りは、宮口精二さんが演じる久蔵という武士。とにかく強い。まさに剣豪という雰囲気。寡黙だけれど、たった一人で敵陣に乗り込んで銃を奪ってきたりする。何度見ても、ほれぼれするよなぁ。
そんな7人の武士が活躍するけれど、この映画の主人公は百姓たち。7人のうち3人だけが生き残る。生き残った勘兵衛が、加東大介さんが演じる七郎次に言う。「また負け戦だったな」
野武士を全滅させたから、七郎次は怪訝な顔をする。そのとき勘兵衛は、田植えをする百姓たちを見て言う。「戦に勝ったのは、百姓たちだ」と。
このセリフに、この映画のすべてが表現されている。領主から年貢を取り上げられ、野武士からは残った食料を奪われる。若い娘や妻は、乱暴されたり連れ去られたりする。悲惨なこと、このうえない。
そんな抑圧された農民たちは、あまりの怒りに狂気の感情を抱えている。勘兵衛が野武士を捕虜として生かそうとしたとき、農民たちはよってたかってなぶり殺しにする。あのシーンは、いつ見ても鳥肌が立つ。
そして狂気だけでなく、ある種のしたたかさも有している。領主や野武士に奪われて何もないといいながら、いざとなったら隠された酒や食料が出てくる。生き延びるための知恵とはいえ、武士には理解できないところ。
武器だって隠している。落ち武者を竹槍で殺して奪った刀や鎧が、次々と出てくる。この映画の本当の面白さは、この農民の狂気としたたかさが、7人の武士を通じて表現されている部分だと思う。モノクロゆえに、かえっていつまでも色あせない気がする。いやはや、本当にすごい映画だわ。
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