オペラ座の弁慶
さすがに2月も残り少なくなると、日差しも、風も、そして気温も春だよね。今年の冬の寒さは厳しくて、床暖房は欠かせなかった。だけどここ数日は、床暖房なしで過ごしている。
いつも眠る前の2時間ほどを読書タイムにあてているけれど、気温が上がると読書も進む。冬将軍に襲われているときは、身体は布団にもぐりこんでいても、手を出して本を持っているのが辛かった。最近は普通に手を出せるので、冷たさを気にしなくていいので助かる。
そんな自体を見越してか、図書館に予約していた本のラッシュが続いている。今手元に5冊もあるのに、さらに図書館に4冊も届いている。2日に1冊という読書ペースを崩すと、ちょっと大変なことになる。まぁ、そうして追われるほうが、集中力が高まっていいんだけれどね。
自分を追い込むことって、とても大切だと思う。人間はどうしても自分に甘くなるから、つい楽な方へ流れてしまう。徹底的に自分を追い込んでスキルを高めて行くには、かなり強い精神力が必要になる。
凄まじいまでの精神力で、自分を追い込んで行く父と子のドキュメントを見た。
『オペラ座の弁慶 團十郎・海老蔵パリに傾く』という2007年に放送されたドキュメント。BSで再放送されているのを見つけて、録画して見た。
この写真の弁慶が登場するのは『勧進帳』という演目。ボクが生まれて初めて生で見た勧進帳は、この写真の十二代目市川團十郎さんが演じたものだった。市川家の屋号である成田屋の18番と呼ばれている演目の一つだから、ボクは最初に最高のものを見たことになる。
説明するまでもなく十二代目市川團十郎さんは、市川海老蔵さんのお父さん。このドキュメントが放送された6年後の2013年に、白血病で亡くなっている。このパリでの公演も、二度の入院を経験してからの舞台だった。
『勧進帳』は、源頼朝の追手から逃げる源義経を、弁慶が守るという物語。石川県小松市に、安宅の関という関所があった。そこを管理するのは冨樫という武将。そこを義経一行が奥州藤原氏の元へ逃げるために通りかかる。
義経は荷物を運ぶ強力に身をやつしている。疑いを持つ冨樫に対して、弁慶は東大寺の勧請で全国をめぐっていると嘘をつく。まったく白紙の巻物を手にして、勧請先を読み上げるシーンがこの物語の見どころ。
そして冨樫との仏教問答や、最終的に強力を義経だと疑った冨樫に見せつけるため、主君である義経を弁慶が殴りつける場面もある。そんな主君への忠誠に感動した冨樫は、義経だとわかっていて関所を通過させてやる。
一歩先に旅立った義経一行を、弁慶が追いかける場面が最大のクライマックス。『飛び六方』という独自の技で、花道を去っていく。何度見ても、感動する歌舞伎の演目。
この『勧進帳』をパリで演じて欲しいと、オペラ座から依頼があった。その準備から実際の舞台までを追いかけた、歌舞伎ファンにはたまらないドキュメントになっている。
とにかく團十郎さんと海老蔵さんの親子が素敵なんだよね。少しでもいい舞台にするために、決して妥協しない。日本の舞台とちがうから、一から考えなくてはいけない。オペラ座の模型を作ってもらって、二人で知恵を絞りあっている姿が強く印象に残っている。
この公演の最大の見せ場は、親子が役を交代すること。團十郎さんが弁慶のときは、海老蔵さんが冨樫を演じる。海老蔵が弁慶になると、團十郎さんが冨樫に扮する。弁解が主役の物語だから、弟子である海老蔵さんの弁慶と、師匠である團十郎さんの冨樫なんて、普通では絶対にあり得ない。親子だから、そしてオペラ座という特別な場所だから可能になったことだと思う。
この二人の弁慶が、どちらも頑固。オペラ座には花道がないから、團十郎さんは舞台の上で「飛び六方」をするという演出を提案。
ところが息子の海老蔵さんは、客席中央にスロープを設けて、客席を「飛び六方」で去るという演出を提案する。
どちらも一歩も引かないから、結局は2パターンが演じられることになった。このドキュメントでは、その2つを比較できるように編集されていたので、メチャメチャ面白かった。どちらもいいんだよね。
このドキュメントを見ると、歌舞伎が決して単なる古典芸能でないことがわかる。常に新しいことに挑戦していて、古い演目を守りつつ、今の時代にあったものにしていこうと努力が積み重ねられている。だから今でも、歌舞伎は満員御礼という状態を維持できている。
市川海老蔵さんは、今月は『暫(しばらく)』という古典を歌舞伎座で演じておられた。市川家に代々伝わる、とても大切な演目。
ところが来月からは自主公演で『源氏物語』を演じられる。なんとその舞台には、プロジェクションマッピングが使用されている。常に新しい技術を取り入れて、歌舞伎という芸術を伝えていこうとされている。
このドキュメントの父と子を見ていると、そのパワーの理由がわかったような気がする。決して妥協しない。そして自分を徹底的に追い込む。そうして最上で最良の舞台を作ろうとされている。とにかく感動しか覚えない、素晴らしいドキュメントだった。
海老蔵さんも、いつか息子さんとこのドキュメントのように意見をぶつけ合うんだろうね。その日が来るのを、ボクは今から楽しみにしている。
『高羽そら作品リスト』を作りました。出版済みの作品を一覧していただけます。こちらからどうぞ。