善悪の概念を超越した戒める力
自分の決断をいよいよ行動に移そうとするとき、大きな壁が現れたとしよう。あなたならどうするだろうか?
その答えは、人によって大きく二つに分かれる。そのまま突き進むか、あっさりあきらめるかだろう。
でもどうしてもこの問いは、根性論に落ち着きやすい。目の前の壁から逃げず果敢に立ち向かうべき、という答えが正解になりがちだと思う。
ボクも個人的な生き方としては、根気よく挑戦することを選ぶ。失敗してもあきらめるまでは終わりじゃないと思っている。
ただ、根性論ではない部分において、常識から外れたある種の異様な感覚をボクは持っている。
それは『サイン』というもの。言い方を変えれば、『虫の知らせ』と言ってもいい。
何かを実行しようとして、やたら邪魔が入ることがある。その邪魔があまりに激しいとき、ボクは無理をしない。今はやめておけ、というサインだと感じる。
わかりやすいたとえ話で説明すれば、乗ろうとしていた飛行機に邪魔が入って乗れなくなったり、なんとなく気が進まずにキャンセルした。ところがその飛行機は墜落した、ということは実際にある。
自分の行動を『戒める力』には、目に見えないなんらかのメッセージが隠されているのかもしれない。そんなことを感じさせる小説を読んだ。
『アンダーリポート』佐藤正午 著という小説。すっかり佐藤さんの大ファンになってしまい、できる限り彼の著作を追っかけている。この小説も過去に読んだ2作品に負けず劣らずの素晴らしい内容だった。
ミステリーのような構成になっていて、『交換殺人』がテーマになっている。推理小説が好きな人なら、馴染み深い言葉だろう。自分のアリバイを作るため、二人の人間が殺してほしい人物の殺害を交換するもの。被害者と縁もゆかりもないので、容疑者にあがることがない。
この物語の主人公は検察庁に勤める事務官。15年前にマンション隣人の男性が殴り殺される。被害者の妻と4歳の娘は夫のDVに苦しんでいた。だが当時は、単なる通り魔の犯行だと主人公も思っていた。
ところが15年経ってから、成長した娘の証言によって違和感を覚えるようになる。そしてついに交換殺人が行われたことを確信する。もう一人の殺人者は、当時彼が交際していた女性検察官の叔母だった。
交換殺人なんて小説の世界の出来事であって、検察に勤める主人公も最初は否定する。でもそれが実際に行われたと彼が確信するにつれ、読者もそれが実際に起きたような気がしてくる。まさに佐藤マジックだと思う。
主人公の隣人女性は犯行を迷っていた。自分の夫を殺してもらうためには、赤の他人を殺さなければいけない。殺人が悪いことだとわかっているが、このままでは自分も娘も夫に殺されてしまうかもしれない。そんな葛藤に決着をつけた彼女の人生観に、ボクの心が激しく揺さぶられた。
『もし戒める力がどこにもみつからなければ、いまあなたがやろうとしていることは、あやまちではない』というもの。
つまり本当にやってはいけないことなら邪魔する力が働くだろう、ということ。もちろん自分勝手な人生観なのは事実。だけど最初に書いたように、ボクはその気持ちがわかるような気がする。
この女性がマズイのは、善悪の概念を超越していること。戒める力が働かなければ、それは善であるという答えになる。DVという背景があるだけに、彼女の決断に複雑なものを感じてしまう。
この小説が素晴らしいのは、エンディングがオープニングと完全につながっていること。また最初から読みたくなってしまう。しばらくは佐藤正午さんの作品から離れられそうにないなぁ。
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