死後しか伝えられないこと
台風19号から遠く離れている神戸でさえ、朝から夕方になっても暴風雨が続いている。それほど恐ろしい台風だということだね。
午後4時ころには関東一円に大雨特別警報が出た。この警報は関西でも実感しているけれど、かなりやばい状況であることを示している。台風は夜に上陸しそうだから、明るいうちに避難するほうがいいと思う。少しでも被害が出ないよう祈るしかない。
朝からの大雨を見ていて、ある映画のシーンを思い出した。こんなときに大雨を持ち出して不謹慎かもしれないけれど、とても素敵な映画なので勘弁してもらおう。大前のなかで愛し合った二人が別れるシーンが忘れられない。
『マディソン郡の橋』という1995年のアメリカ映画。何度観ても感動の涙が止まらない作品。今日久しぶりに観たけれど、やっぱり涙でボロボロになってしまっった。
有名な映画なので、ストーリーはいいよね。田舎の主婦とカメラマンの4日間だけの恋愛を描いた物語。だけど二人にとって、それは永遠の愛だったという結末。
この作品は恋愛映画としても秀逸だけれど、もうひとつ別の側面がある。それは母親と子供たちの物語であるということ。
主人公のフランチェスカには、二人の子供がいる。彼女が亡くなったとき、兄のマイケルと妹のキャロラインは40代の中年であり、人生における様々な問題を抱えている。
だけど母親の死が、二人に衝撃をもたらす。なぜなら献身的な妻として父の最期を看取り、家庭人として常に愛情深く子供たちに接してきた母が、父以外の男性と関係を持っていたことを知ったから。特に息子のマイケルにとっては耐え難い事実だった。
だけど母の手記を読み通すことで、二人は女性としての母の生き様を知る。家族のために多くの夢を犠牲にしてきた母が、たった4日間の激しい恋をしていたことに感銘を受ける。そしてそのことを心の奥に隠し続けただけでなく、相手の男性に対する真摯な思いを守り続けたことも。
この二人の兄妹の変化が、この映画の醍醐味でもある。映画のスタートとラストでは、二人は別人のようになる。それは亡くなった母によって、人を心から愛すること、家族に対する思いやり、そして人生がどれほど貴重で大切ななものかを教えてもらうことができたから。
もしフランチェスカが生きているときなら、彼女の真意は子供たちに伝わらなかったかもしれない。自分の死後に火葬して、思い出の橋に散骨してほしいという母の願いの真意を知ることによって、ようやく理解できることだったから。
人生の最後まで秘密を守ることで、家族に対する深い愛、そして4日間だけの恋人だったロバートへの想いを抱き続けたという、彼女の生き様を見せる必要があったからだろうね。死んでからしか伝えられないことってあるんだと思う。
この映画を主人公の二人の恋愛だけではなく、母親と子供たちの物語として観るべき。そうすればこの作品のちがった良さがじわじわと伝わってくると思う。
それにしても監督と主演をしたクリント・イーストウッド、そしてフランチェスカを演じたメリル・ストリープは、二人とも天才としか言いようがない。彼らの演技を見るだけでも、価値のある作品だと思う。
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