思考とイメージは『液体』?
今日のスーパーは、久しぶりにトイレットペーパーがたっぷりと並んでいた。大量に買っているアホな人も見かけたけれど、在庫がそれを上回っているので以前のようなことにはならないだろう。食品も豊富に並んでいたしね。
買い物途中に街の様子を観察していると、やはり普段の土曜日に比べたら外に出ている人が少ないように思った。天気の悪いせいもあるだろうけれど、JRの駅付近はかなりひっそりしている雰囲気だった。
普段から自宅にいることが多いボクは、あえて意識していることがある。できる限り外の空気を吸うこと。2日に1度、買い物に行くのを兼ねて外の空気を感じるようにしている。運動をするという意味でも、気落ちを切り替えるという意味でも、外に出ることは大切だと思う。
散歩なら密集した場所で他人に接することもない。だからウイルス感染の心配はない。たとえ30分でもいいから近所を散歩することは、自宅での引きこもり生活を健全に保つ方法だと思う。
さて急に話は変わる。今日のブログのタイトルは、今朝に思ったこと。独り言だと思って読み流してもらえばと思う。
ボクは朝早く目覚めた(といっても猫に起こされるんだけれどwww)とき、ちょっとしたイメージ遊びをしている。目を閉じて想像したものを視覚化する練習。慣れてくると、空の青さや太陽の光をリアルに知覚することができる。ボクが得意なのは、真っ赤な夕陽を見ること。
ただ難しいのは、その映像を固定すること。美しいからずっと眺めていたいと思っても、すぐに変化してしまう。一瞬でも集中力が途切れると、真っ赤な太陽がカラスに変わったりする。そういうときは、実際にカラスの声が聴こえている。
以前から感じていたけれど、イメージを固定することは本当に難しい。わかりやすく言えばカプチーノに描かれたクリームの絵のようなもの。ちょっとカップを動かすだけで崩れてしまう。
この感覚は人の顔で試してみるとよくわかる。親しい人の顔を思い浮かべてほしい。まず意外に難しいのはイメージすること。知っている人の顔なのに、下手くそな似顔絵か福笑いのように、どこか変な顔になる。そのうえ、それはあっという間に変化してしまう。
そういうわけで今朝は思った。思考とイメージは『液体』なんだ、と。
どうしたらイメージを固定できるんだろう? 単なる遊びなんだけれど、かなり真剣に考えている。他人から見たらどうでもいいことだろうけれどねwww
普通の液体なら凍結させればいい。だけどそれはイメージの固定じゃない。水と氷は、素材は同じでもまったくちがう性質を持っている。同じものを固定したわけじゃない。
イメージを固定するための鍵を握るのは『思考』だと思う。そしてもうひとつは『時間』。
『思考』と『時間』が結びつくことで、イメージが変化してしまう。だからあるイメージを固定しようと思えば、『思考』と『時間』から離れた意識が必要となるのかも?
この状態は、もしかしたら瞑想の極致ではないだろうか。だとしたら、トライする価値はありそうだな。
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