共感が狂信へと変容する恐怖
人間の素晴らしいところは、他人に共感できること。想像力を駆使することで、他人の気持ちに寄り添える。
だけどその共感が変な方向にいくと怖い。共感が狂信へと変容してしまうと、常軌を逸した行動に走ってしまう可能性が高くなる。オウム真理教の信者たちに起きたのは、共感が異常な狂信へと至ったからだろう。
ただ誰もが狂信へと変容するわけじゃない。変容するのは暴走する要因があるから。そんな人間の心をテーマにした映画を観た。
『魂のゆくえ』(原題: First Reformed)という2017年のアメリカ映画。キリスト教の教義をテーマにしているので、日本人には少しとっつきにくい作品かもしれない。でもじっくり観ると、監督の意図したことが伝わってくる。さすが『タクシー・ドライバー』の脚本を書いたポール・シュレイダーだなぁと感じる作品だった。
なんと主人公のトラー牧師をイーサン・ホークが演じている。彼の牧師姿を初めて見たけれど、いやいや素晴らしい。途中からイーサン・ホークだということを完全に忘れていた。さすがだよね。
トラーは心にトラウマを抱えた人物。以前は従軍牧師をしていて、ひとり息子に軍人になることを勧めた。だけど息子はイラクで戦死してしまい、失望した妻は彼の元を離れた。そしてたった一人で小さな教会の牧師とし活動していた。
ある日メアリーという女性から相談を受ける。子供を妊娠中だけれど、夫がその子供を殺せという。事情を聞いてみると、夫は極端な環境保護家で、地球の未来を憂いていて子供を産むべきでないと主張していた。そのメアリーをアマンダ・サイフリッドが演じている。
メアリーの夫はウツ状態で、トラーの説得を受けたものの、環境破壊を続ける企業に実力行使するための爆弾を用意していた。そのことをトラーに知られたことで、夫はトラーに遺書を残して自殺してしまう。
その遺書やメアリーの夫が残した資料を見ているうち、トラーは環境保護に共感する。そこで終わればよかったけれど、彼は息子を戦地で死なせてしまったという強い罪悪感を抱えていた。さらにガンを患っていて、自分の死もちらついている。
やがて共感が狂信へと変容する。教会の創立250年を祝う式典が迫っていて、主催している企業が環境破壊を続けている会社であり、その暴挙を黙認している知事も出席する。トラーはその日に爆弾を使って知事や会社の経営者もろとも自爆することで、牧師として殉職しようと計画した。
環境破壊を止めることが、自分にできる唯一の贖罪だと思い込んだから。だけど異変を感じたメアリーは、式典に来るなとトラーに言われたのに出席する。愛するメアリーが教会に来たことで、自爆テロを思いとどまるという結末。
ラストシーンは爆弾の使用をあきらめたメアリーとトラーが抱擁する場面で終わる。このとき、トラーは全身に鉄条網を巻きつけて血まみれになっていた。ここはキリスト教に詳しくないと理解できないと思う。彼は自分の魂を救済するために、そうするしかなかったというシーン。
自爆テロで環境破壊をしている会社の経営者を殺そうとするなんて、まさに『タクシー・ドライバー』のロバート・デ・ニーロだよね。観念的で難しい構成だけれど、素晴らしい作品だと思う。イーサン・ホークの演技が秀逸だった。
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