人種差別が生み出す地獄
次々と新しいニュースが飛び込むので、数日前のことでさえかすんでしまう。だけど欧米における人種差別への抗議は消えていない。
ミュージシャンや俳優たちのInstagramを見ていると、まだそれらが現在進行形であることがわかる。
ボクたち日本人には実感としてとらえづらい。だからといってそこで思考停止するのはまちがっている。何が問題で、何が起きているのかを理解するべきだと思う。
白人警官の暴行による黒人男性の死は、今回のムーブメントに火をつけた。だけど根底的な問題は数百年前から続いている。時代とともに法整備は変わり、人々の意識も変化している。だけど基本的なものは、取り除けない雑草の根のように社会構造の内面を侵食している。
今日観た映画は、1987年を舞台にしている。だけどそれ以前にも、そして現在においても継続しているものだと感じた。
『プレシャス』(原題:Precious: Based on the Novel Push by Sapphire)という2009年のアメリカ映画。主人公を演じたガボレイ・シディベが、新人ながらアカデミー主演女優賞にノミネートされ、その母親役を演じたモニークがアカデミー助演女優賞を受賞したことで話題になった作品。
初めて観たけれど、二人の演技が高評価を受けことに納得。そしてフィクションでありながら、実話だと感じさせるほどこの時代の現実を切り抜いた素晴らしい作品だった。ただし重い。あまりに重すぎる。そしてこれがアメリカにおける黒人社会の現実だということ。
舞台は1987年のハーレム。16歳のプレシャスは数学が好きな頭のいい女性。だけどハーレムに育ったことでまともに読み書きができない。黒人で太っているというだけで、大きなコンプレックスを抱えていた。そのうえ妊娠したことで、学校を退学させられる。
妊娠させたのは母親の恋人。プレシャスは幼いころからその男に性的虐待を受けていて、子供ができたのは二人目。さらにひどいのが母親のメアリー。
生活保護を受けるために仕事をしない。プレシャスを女中のように扱い、言葉の暴力だけでなく実際に殴ったりして娘を支配下においている。その根底にあるのはプレシャスに対する嫉妬。自分の恋人が娘をレイプしたことに怒るどころか、妊娠した娘を憎んでいる。
学校を追い出されたプレシャスを救ったのが、フリースクールのレインという教師。レインに出会ったことで、プレシャスは生きる希望を得る。必死で読み書きを覚え、高校卒業の資格、そして大学に通うという夢を持つ。
やがてプレシャスは二人目の子供を産む。一人目は女の子でダウン症だった。二人目は健康な男の子。生まれたばかりの子供を母親に見せたプレシャスは、孫に暴力をふるおうとした母親に対して、ついに反旗を翻す。
レイン先生とソーシャルワーカーに相談することで、二人の子供を引き取って自分が育てることを決意する。レイプされてできた子供なのに、プレシャスは二人を心から愛して必死で守ろうとする。
だけどこの映画は予定調和という終わり方はしない。プレシャスをレイプした男はエイズに感染していた。そしてプレシャスもHIVが陽性だとわかる。そんな状態なのに、大学へ通う夢をあきらめずに二人の子供と生きていこうとする。それが先ほどの写真の場面。
プレシャスの未来に待っているのは、幸福なのか悲劇なのかわからない。ここで終わるのが、なんとも切ない作品だった。
この当時のハーレムで暮らす黒人たちは、手の施しようのない貧困のなかで暮らしていた。諦念が彼らを支配することで、完全に希望を失っている。それがドラッグ等の犯罪を招き、レイプ等の暴力の要因となっている。
その根底をさかのぼれば、出てくる答えは人種差別だろう。この映画で語られている悲劇は、黒人を差別した白人たちによって引き起こされたのと同じ。本気でこの負の連鎖を断ち切らないと、人間社会は後戻りのできないところまで進んでしまうような気がする。そんなことを感じさせる作品だった。
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