人生をリセットする方法
半世紀も人間をやっていると、様々なしがらみに影響される。好むと好まざるとに関わらず、他人に植え付けられた自分のイメージから逃げることはできない。それまでの人生の積み重ねなのだから、それはどうしようもないだろう。
だけどそんな縛りに耐えきれず、人生をリセットしたいと思ったことは誰にもあるだろう。だけど誰も知らない場所で暮らすのは逃避でしかなく、根本的に自分が変わらない限りいずれ同じ結果を迎える。あるいは自ら命を絶とうとする人もあるかもしれないけれど、それは人生のリセットではなくジ・エンドでしかない。
人生をリセットする残された方法は、同じ場所で生活しつつ別人になること。そんなことが可能だろうか?
一つだけ方法がある。それはそれまでの自分の記憶を失くすこと。現実ではなかなかあり得ないことだけれど、フィクションならできる。
『記憶にございません!』という2019年の日本映画を観た。三谷幸喜さんが監督・脚本を務めた作品。相変わらず爆笑しながらも、キャラの設定や伏線の張り方等、勉強になることばかり。そして最後には必ずホロっとさせられる。
中井貴一さん演じる黒田総理が、投石を受けて病院に運ばれた。その怪我のせいで記憶を失くし、政治家になってからのことをまったく思い出せない。病院を抜け出して知ったのは、自分が日本国最低の総理大臣だと言われていたこと。
国民の生活を考えることもなく、利権に絡んで好き放題していた。暴言は吐くし、セクハラはするし、愛人を作り、一人息子にも関心を示さない。最低なのは支持率だけではなく、人間として許し難い男だった。自分の過去を知って、黒田は愕然とする。
ただし政府の実権を握っていたのは官房長官の鶴丸。それゆえ写真に写っている黒田の二人の秘書は、記憶喪失をどうにか誤魔化して総理の座を守ろうとする。もちろんそのまま終わるわけがない。過去の記憶が消えた黒田は人格者であり、かつての自分を容認できない。だから政治家を辞めようとする。
でも映画の後半から展開が大きく変化する。記憶がないのなら人生をリセットすればいい。そう開き直った黒田が政治の猛勉強を始める。そして過去の黒田を嫌っていた二人の秘書も、本気になって鶴丸との対決を支援するという物語。
新しい映画なのでネタバレはここまでにしておこう.この映画の見どころは、黒田が本当に記憶喪失なのかどうかということ。そのあたりを想像しながら最後まで見ると、三谷さんが伝えようとした『何か』を感じると思う。
とにかく主演の中井貴一さんがすごい。基本的にとぼけた役なんだけれど、黒田が持つ政治家としての本能を垣間見せるシーンが何度もあってドキリとする。本当に天才的な俳優さんだと思う。
ただ残念なのは、最低の人間だった過去のシーンをもっと取り入れて欲しかった。基本的に善人の黒田ばかりが出てくるので、対比としての説得力に物足りなさを感じたのは事実
秘書の二人を演じたディーン・フジオカさん、そして小池栄子さんは最高だった。金で動くフリーライター役の佐藤浩一さんもさすがの演技だったなぁ。中井さんと佐藤さんと言えば、つい『壬生義士伝』を思い出してしまう。
個人的にかなりウケたのは吉田羊さん。なんとなく実在の政治家の顔が浮かんでしまう。そして官房長官の鶴丸を演じた草刈正雄さんの悪役ぶりも良かったなぁ。記憶を失くさなくても、いつでも人生はやり直せる。そう感じさせてもらえる作品だった。
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