明日を二つにする方法
ボクが新しい作家と彼らの作品に出会うきっかけとして、二つの文学賞がある。
ひとつは直木賞。そしてもうひとつは本屋大賞。これらの賞の候補作、及び受賞作はできる限り読むようにしている。
ボクが好感を持っているのは本屋大賞。直木賞は出版社の思惑や、選考委員の好みによって左右される。だけど本屋大賞は全国の書店員さんに投票権があって、自分が売りたいと思う作品が候補になって受賞作が決まる。そういう意味では、もっとも読者に近い文学賞だと思う。
2019年に本屋大賞をを受賞した作品を読了した。こんなに心が温かくなって、幸せな気持ちになれる作品は初めてかもしれない。現実世界は世知辛いことばかりだから、せめてフィクションは幸せな世界がいい。そう思う人には、ぜひともこの作品をオススメする。
『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ 著という小説。
主人公は森宮優子という名の女子高生。彼女には3人の父親と2人の母親がいる。3人の父親と言えば映画の『マンマミーア』を思い出すけれど、誰が父親なのかわからない、というややこしい物語じゃない。優子の親となった大人たちは、どの人も素敵で素晴らしい。悪人は一人もいない。
優子を産んでくれた母は交通事故で早くに亡くなった。父親は小学生になるまで娘を育てたが、やがて再婚する。梨花という名の女性で2人目の母親。梨花は優子の母であることに生きがいを感じ、娘との暮らしにエネルギーを注ぐ。
ところがある日、父親のブラジル転勤が決まった。父は妻と娘についてきてくれるようにいうが、梨花は納得しない。それで二人は離婚することになり、なんと血の繋がりのない梨花が優子を引き取る。
優子が中学生になろうとするころ、急にピアノを習いたいと思うようになった。その夢を叶えようとして、梨花は再婚する。お金持ちの高齢男性で、豪邸に住んでいるだけでなくその家にグランドピアノがあったから。梨花はその男性が好きというよりも、優子の夢を叶えてやりたかった。
ところがお手伝いさんがいる優雅な生活に耐えられなくなり、梨花は家を出てしまう。だから中学の三年間は二人目の父親と優子は暮らす。そして高校生になるころ、梨花が優子を引き取りたいと申し入れる。なぜなら彼女が再婚するから。
悩んだすえ、優子は梨花の元で暮らす。そして3人目の父親となったのが森宮という30代の男性。だけどたった2ヶ月で母親の梨花は家を出てしまう。そして3人目の父親である森宮との二人暮らしが始まる。
とまぁ不思議な物語なんだけれど、最初に書いたようにひどい大人は誰もいない。梨花は好き勝手に生きているように見えるけれど、実は複雑な事情があった。それは優子を思ってのこと。その理由はラストで明らかになる。
実の両親は優子から去り、2番目の父と母も彼女との生活を捨てた。ところが最初から最後まで、父親であり続けたのが3人目の森宮。20歳しか離れていない父と娘だけれど、この森宮という男性が本当に素敵で最高。彼のセリフで忘れらないものがある。
血縁のない森宮がなぜ恋人も作らず再婚もせずに、優子の父であり続けたかについて語っている。
「そう。自分の明日と、自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日が、やってくるんだって。親になるって、未来が二倍以上になることだよって。明日が二つにできるなんて、すごいと思わない? 未来が倍になるなら絶対にしたいだろう。以下略」
なんて素敵なセリフなんだろう。誰かのために生きるということは、自分の明日を二つにする方法だったんだ。そしてラストシーンで森宮の思いは報われる。
優子の結婚式でヴァージンロードを歩くのは、実の父でも、経済を支えてくれた父でもなく、最後まで父でいてくれた森宮だった。そのラストシーンを思い返すだけで、また涙が流れてくる。うん、さすが本屋大賞だよね!
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