プライバシーはもはや幻想
ネット社会となって、個人情報保護に関する法律は以前より厳格になっている。そして新しいシステムが取り沙汰されると、いつも個人情報保護が議論の中核となる。
そうして必死で守られている個人情報だけれど、プライバシーなんてもはや幻想でしかないのでは?
そんなことを本気で感じさせる小説を読んだ。
2021年 読書#15
『背中の蜘蛛』誉田哲也 著という小説。いわゆる警察小説なんだけれど、警察組織についてこれほど面白く緻密に書かれた作品は久しぶり。フィクションであることを忘れて、警察ドキュメントを読んでいる気分だった。
とにかく読み出したら止まらない。そして恐ろしくもあり、どこか悲しい物語。比較的新しい小説なので、できるだけネタバレしないよう紹介しよう。
いきなり池袋での刺殺事件で物語は始まる。これが第一部の『裏切りの日』。
そして短編小説のように事件が解決して、『顔のない日』という第二部に続く。新木場で起きた爆殺事件。これまた犯人は比較的早くに逮捕される。
単なる短編集なのかと思いながら、この単行本のほとんどを占める第三部の『背中の蜘蛛』を読み始めて、ようやくすべてが繋がっていることを知る。このあたりの展開がうまい。
池袋の刺殺事件、そして新木場での爆殺事件も、あるタレコミによって犯人が逮捕されている。この小説における最大の謎はこのタレコミ。池袋刺殺事件で池袋署の刑事課課長だった本宮は、上司が入手した謎のタレコミによって犯人が逮捕されたことに疑念を持つ。
さらに新木場の爆殺事件についても本宮は関わる。警視庁本部捜査一課の管理官に異動した本宮は、同じくタレコミによって犯人が割れたことに強烈な違和感を抱く。そしてある人物に行きあたる。それは自分の後輩で、いまは情報管理課運用第三係において係長をしている上山警部。
この第三運用係は、警視庁の正式な配置図に記載されていない。結論からいえば、違法な情報収集によって通常の捜査では見つけられない証拠を集めている部署だった。アメリカで開発されたAIシステムを運用することで、個人のメールや電話を盗聴している。だから二つの事件の犯人が割れた。
小説内では違法行為として扱われているけれど、アメリカではすでに現実の社会問題として取り上げられている。スノーデン事件といえばわかる人は多いだろう。この小説でも語られていたけれど、アメリカとイギリスがこのシステムを使うことで、世界の9割のネットデータを盗聴することが可能とのこと。
その気になれば、ボクのような一般人のデータも採取できる。どれだけ個人情報保護を訴えても、盗まれたことも気が付かないままに個人情報を搾取されてしまうのが現状らしい。まぁ、ボクのデータなんて誰も必要ないだろうけれどねwww
この物語は違法であることを承知しつつ、警視庁が密かに個人データを盗聴していたという設定になっている。物語の後半はこのシステムがハッキングされたことによるゴタゴタが中心。その犯人が元警察官ということだけ明かしておこう。
この犯人にまつわる物語が、あまりにも悲しくて切ない。罪もない一般人の個人情報を盗み出すことで、どのような悲劇が起きるかについて思い知らされる。その一方で、悲惨な犯罪を防ぐために情報収集が欠かせないことも痛感させられる。
いずれこの小説のような情報収集が合法化されるときが来るように思う。ただ運用方法をまちがうと、大勢の人を不幸にするのも事実。いろいろなことを考えさせられた素晴らしい小説だった。
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