抑圧された喜劇の悲劇
今週の『おちょやん』はまだ観ていないけれど、4月に入って太平洋戦争の影響を受けている。鶴亀家庭劇の台本は検閲を受け、戦意高揚を意図した芝居しか許可されない。やがて親会社の劇団解散命令によって、千代たちは劇団員だけで芝居を続けていこうとしている。
この時代、日本中のエンタメが権力によって抑圧された。これは過去のNHKの連続ドラマにおいて、形を変えて何度も取り上げられている。前回の『エール』なんか、戦意高揚のための歌を作り続けた主人公が、戦後になっても苦しむ様子が描かれていた。
特に『おちょやん』の主人公たちが演じている喜劇は、戦時中なのに笑うこと自体が不謹慎だとされていたからキツい。本当は暗い時代だからこそ、誰もが心から笑える喜劇が必要なはず。人間にとって『笑い』は欠かせないものだから。
たまたま偶然だけれど、同じテーマを扱った映画を観た。物語自体は喜劇で大笑いした。だけどそこには抑圧された喜劇による悲劇が隠されていた。
2021年 映画#53
『笑の大学』という2004年の日本映画。三谷幸喜さん脚本として有名な作品だけれど、本編を観たのは初めて。想像していた作品とちがい、笑いつつも、感動の、そして切ない涙を流すことになった。
舞台設定は昭和15年の浅草。登場するのはほぼ二人。
役所広司さん演じる向坂という警視庁保安課検閲係。もう一人は劇団『笑の大学』の喜劇作家である椿という青年。この椿を稲垣吾郎さんが演じている。
ストーリーはとてもシンプル。新しい芝居の台本の上演許可を得ようとするう作家と検閲係のやり取り。最初は問答無用で上演中止させるつもりだった向坂は、椿に対して次々と難題をふっかける。
ところが椿は諦めることなく、さらに面白い作品を書いてくる。やがてその才能に惚れ込んだ向坂は、自分も脚本作りに参加するようになる。だけど完成間近となったとき、椿の言葉に激怒した向坂がブチ切れてしまう。
そして命令したのが、「絶対に笑えない喜劇」に作り替えること。ところが椿は断るどころか、徹夜して新しい作品を提出した。その作品は、それまで以上に最高の喜劇だった。
椿がそこまでしたのは、彼に召集令状が来たから。どうせ戦地に行くのなら、許可をもらっても意味がない。だから自分がこれまで学んだ喜劇のノウハウを全て注ぎ込んだ。その決然たる椿の想いに、向坂は心を動かされる。そしてあの当時に役人が絶対に言ってはいけないセリフを口にする。
「必ず生きて帰ってこい」と。
この椿は、菊谷栄さんという実在の喜劇作家がモデルらしい。調べてみると、彼は中国の戦地で戦死している。向坂の願いは届くことなく、若い優秀な才能が戦地に散ってしまった。そのことをあとで知って、さらに涙が流れてきた。映画では描かれてないけれど、なんという切ない悲劇なんだろう。
『笑い』が抑圧される社会は、すでに正常な機能を失っている。日本が再びそんな時代にならないよう、ボクたちは『笑い」を忘れてはいけないと思う。いまはコロナ禍でエンタメ業界が大打撃を受けているけれど、必ず復活する日がやってくる。それまで笑顔を絶やさないようにしなくちゃね。
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