幽霊だって居場所が欲しい
ここ数年は、夏になっても心霊番組の減少が続いている。デジタル機器が進化したことで、心霊動画も心霊写真も偽造できる。だからもし本物の幽霊を撮影したとしても、どうせコラ動画だろうと信用してもらえない。そうなると視聴率が稼げないのでテレビ局も二の足を踏むのだろう。
それに比べて小説の世界はデジタル機器の影響を受けない。『読む』という能動的な行為によって小説は成立する。読み手はフィクションだとわかっていてその世界に入ってくるので、著者は幽霊や妖怪たちを思い切り活躍させることができる。
まるで日常のように妖怪や幽霊が登場する物語を読んだ。
2021年 読書#75
『たぶんねこ』畠中恵 著という小説。妖怪を祖母に持つ若旦那の一太郎が活躍する物語。『しゃばけ』シリーズとして連作されていて、昨年までに19冊の作品が出版されている。『たぶんねこ』はこのシリーズの第12弾になる。今回も5つの短編で構成されている。
『跡取り三人』
『こいさがし』
『くたびれ砂糖』
『みどりのたま』
『たぶんねこ』
という5つ。もちろん主人公の一太郎は病弱ながらも大活躍。そして手代の佐助、仁吉という二人の妖怪を筆頭に、レギュラーとなりつつある多くの妖怪、狐、河童等が登場する。シリーズの回を重ねるごとにレギュラー陣が増えていく。だから物語がより深くなっていく。
普通の人間に見える女の子が狐だったり、寄席芸人が夢を食べる漠だったりするのは、このシリーズに関してはいたって普通。江戸の町人たちの日常生活と、妖怪たちの活躍が妙にマッチしている。いまとちがって、江戸時代のほうが多様性社会なのかもしれないね。
どの物語も面白かったけれど、印象に残っているのは『たぶんねこ』という本のタイトルになった作品。この物語は幽霊が主人公だった。
『神の庭』という極楽のような世界がある。ある人物が幽霊となって、その『神の庭』で暮らすことになった。そこには狐や狸も暮らしているので、化ける方法を教えてもらった。やがて江戸の町が恋しくなり、この物語の前の『みどりのたま』の事件がきっかけで、その幽霊は江戸に戻ることが許された。
その世話を任されたのが一太郎だった。幽霊は狐に教えてもらった化ける技術によって、江戸の町に溶け込んで暮らそうと思った。だけど化けるのが下手くそで、猫に化けても猫のような生き物にしか変身できない。だから『たぶんねこ』というタイトルになっているwww
彼が幽霊になった理由は、自分が役立たずだと思ったから。何をやっても中途半端で、他人の役に立つことができない。どこにいても自分の居場所を持つことができず。そのことが理由で幽霊になってしまった。だけど幽霊になって『神の庭』にいても、自分を活かすことができない。それでもう一度だけ江戸に戻って、自分の居場所を見つけたかった。
一太郎はその幽霊の気持ちがよくわかる。長崎屋という廻船問屋の跡継ぎだけれど、身体が弱いので仕事をさせてもらえない。妖怪たちは一太郎を慕ってくれるけれど、彼自身は店の後継として役に立っていると思えない。だからその幽霊の居場所を必死で見つけようとした。
殺人事件に巻き込まれたりしながら、ようやく幽霊の居場所が見つかる。妖怪封じで有名な広徳寺の寛朝という僧侶は、一太郎や彼の周囲の妖怪たちと懇意にしている人物。江戸の住人から怪しげな品々の鑑定や除霊を依頼されていて、誰か手伝える妖怪がいないか一太郎に尋ねていた。
ということでその幽霊は寛朝の寺で働くことになった。ようやく自分の居場所を見つけることができた幽霊は、一太郎に描いてもらった似顔絵に取り憑いて暮らすことになったという物語。
時代小説だけれど、現代社会をうまく反映していると思う。自分の居場所が見つからず、人生に迷いを抱えている人は多い。だけど諦めずに自分を知ることで、自分らしく過ごせる場所が見つかるはず。そんなことを感じさせてもらえる、ほのぼのとした物語だった。
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