江戸文化の教則本
時代小説というのは過去をありのまま描くのではなく、その時代の舞台設定を道具として使うだけ。だから実際にテーマとして描かれている基本的な設定を、現代人に置き換えても違和感がない。あくまでも現代人である作家の視点によって『人間』が描かれているのだから。そうでないと現代の読者は共感できない。
例えば江戸時代と現代を比べると、ちがうのは文化的背景だけではない。人々の信条や道徳、常識や善悪の観念は現代人と大きく異なる。いま『源氏物語』を通して読んでいるけれど、あの時代の男女の倫理観を受容しないと、登場人物にとても共感できない。
要するに現代の作家が書いた時代小説は、あくまでも現代がテーマだということ。作家の伝えたいことが、その時代の設定を通じて書かれているだけ。ただその当時の文化は無視できない。だからボクに取って時代小説は、その時代の文化を学ぶための教則本だと思っている。
江戸時代に関して言えば、この作品が最高の教則本だと思う。
2022年 読書#82
『ひとめぼれ』畠中恵 著という小説。現段階で8作品が刊行されている『まんまこと』シリーズの第6弾。すっかりこのシリーズにハマってしまい、ようやく最新刊に追いついてきた。
主人公は高橋麻之助という町名主の跡取り息子。町名主というのは奉行所で扱えない揉め事を仲裁して裁定する町役人。現代風に言えば家庭裁判所のような立場で、生活に密着した揉め事が持ち込まれてくる。それだけに江戸文化がとても身近に感じられる。
いつもどおりの6つの短編集になっていて、連続ドラマのようにストーリーが進行している。
『わかれみち』
『昔の約束あり』
『言祝ぎ』
『黒煙』
『心の底』
『ひとめぼれ』
という6作品。いつもながら麻之助が厄介ごとに巻き込まれてしまい、四苦八苦しながらも解決策を見つけていくという展開。このブログで登場人物やストーリーを説明しようとしても、シリーズ作品なので書ききれない。だからボクの備忘録として気になったことを書き残しておこうと思う。
ボクがずっと気にしているのは麻之助の妻。実は第2弾で彼は結婚していた。お寿々という女性で、残念ながら娘を死産して彼女も亡くなってしまった。それ以来麻之助は落ち込んでいるけれど、ここのところ少しは気持ちにゆとりが出ている。
いずれ町名主となるわけなので、妻なしではいられない。この小説でよく取り上げらるのは、江戸時代の婚姻文化。『家』を継承していくことが結婚の最大の目的。それゆえ長男は嫁を取るけれど、次男や三男は養子に出される。
つまり親同士の思惑が最優先されるので、結婚する当人たちの意向は二の次。好きな人がいても、家のために別の人と結婚するのは普通の時代だった。だからこそこの時代ゆえのドラマが生まれてくる。
さて麻之助の再婚。候補だと思っていたのはお寿々の親戚で、彼女に瓜二つだったおこ乃という女性。まだ15歳くらいなので、これから嫁の行き先が決まる。候補として最適だと思っていたけれど、今回の作品でボツだと感じた。
麻之助としてはお寿々に似ていることがネックになる。死んだ妻を思い出してしまうわけだから、やっぱり無理だろうなぁ。だから今回はおこ乃の縁談についての物語もあった。結果として決まらなかったけれど。
だけど別の作品でお雪という女性が登場した。まだ14歳だけれど、なかなかいいキャラ。事件の推理力も素晴らしくて、町名主の妻にするなら最適だと思った。ボクの予感だけれど、いつか麻之助と恋仲になるのではと思っている。残り2作でそんな場面が出るのかわからないけれど、引き続きシリーズを追いかけていこうと思っている。
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