10代の心は薄いガラスと同じ
高校の同窓会が京都で開催される。先日友人にその電話をもらったとき、思い出話をしながら高校生時代をふり返っていた。還暦を迎えた今だからこそ言えるけれど、おそらく人生において最も心が不安定な時期だったと思う。
自分が理想としていたものが、世の中にないと感じてしまう。世界は汚くて醜いと思った。だから必死になって自分のなかに存在する理想を守ろうとした。だけどやがて気がつく。自分のなかにも毛嫌いする醜いもの存在していることを。そうなると自暴自棄になって、何もかもに腹が立ってくる。
とにかく常に怒りを抱えていたような気がする。いい子ぶって友人を作ることが面倒になり、決まった時間に通学しなければいけない高校生活が苦痛でしかなかった。校則や法律なんて破るためにあるものだと思っていた。何もかも破壊したかった。おそらくあの年代特有のものだと思う。
そのうち生きていくために働かなければいけないことに気づく。自殺することも怖いから、渋々でも働くしかない。そのうち社会生活に揉まれて、10代の頃の自分のトゲが抜かれていく。気がついたら高校時代なんて遠い記憶の世界になっていた。
そんな不安定な10代だから、一歩踏み間違えれば取り返しのつかないことになっていたかもしれない。ある映画を観てそんなことを感じた。
2023年 映画＃18
『WAVES/ウェイブス』（原題：Waves）という2019年のアメリカ映画。アメリカの黒人家族の姿を描いた青春ドラマ。予備知識なしで観たけれど、とても素晴らしい映画だった。映像が美しく、音楽や編集が斬新で挑戦的な空気を感じる作品だった。
映画の前半と後半で主人公が変わる。前半の主人公は高校３年生のタイラー。後半の主人公はタイラーの妹のエミリー。
タイラーの家族はフロリダで裕福な生活をしていた。タイラーはレスリングの主力メンバーで、大学の奨学金もほぼ決まっていた。アレクシスという美しい恋人もいた。勉強もできるしピアノも弾けるという優秀な高校生だった。
ただ父は厳しい。黒人であることで苦労してきたので、息子のタイラーに完璧を求めてきた。だからタイラーは父の機嫌を損ねないように必死で努力していた。ところが彼は肩に大きな怪我をしてしまう。医師にレスリングをやめるように言われてしまった。これで奨学金が消えてしまう。当然父は失望する。
さらに恋人のアレクシスが妊娠した。中絶しようとクリニックへ行ったが、彼女は産みたいと態度を変える。このことが原因で二人は大喧嘩をしてしまう。ここからのタイラーの心が壊れていく様子は、他人事として見られなかった。
10代の人間の心なんて薄いガラスのようなもの。ちょっとしたことで粉々になってしまう。ましてやタイラーのようにいくつも重なると、自暴自棄になってしまうのは理解できる。酒やドラッグに手を出した。それでも子供の出産を認めてアレクシスとやり直そうとした。
ところがすでに心が崩壊していたタイラーは、ちょっとした誤解が重なってアレクシスを殴ってしまう。レスリングの選手だから力は強い。結果としてアレクシスは死んでしまい、タイラーは終身刑を宣告される。ここまでが前半。
後半は妹のエミリーが主人公。殺人者の妹ということで友人は消えてしまった。そのうえ父と継母は喧嘩ばかりしていて、家族は完全に崩壊してしまう。タイラーの事件が強い影を残していたから。
でもエミリーにルークという恋人ができる。兄と同じレスリング部で、もちろん事件のことも知っている。そのうえでエミリーに告白した。とてもいい奴で、ルークのおかげでエミリーは自分を取り戻す。そしてルークの家族の死に関わったことで、エミリーはバラバラになった家屋を元のように繋げようとする。
そんなエミリーによって、家族が再び同じ時を歩むようになるという物語。前半と後半で物語の雰囲気はガラッと変わる。それだけに、どちらの物語も強く印象に残る。心を強く揺さぶられた素晴らしい作品だった。
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