恐ろしいタイトルの意味
小説のタイトルほど悩むものはない。短い言葉でどれだけ的確に内容を伝えることができるか、そのことでかなり悩んでしまう。
今書いている新作も、いくつか案はあるけれど正式なタイトルを決めかねている。それほどタイトルが占める比重は大きいから。
ある小説のタイトルが不気味な印象を放っていた。だけど実際に読んでその意味を知ると、不気味どころではない恐怖がそこに隠されていた。そういう意味ではすごいタイトル。久しぶりに鬱々とした気持ちになる作品だった。
2023年 読書#26
『絞め殺しの樹』河﨑秋子 著という小説。直木賞候補となったことでチョイスした作品。怖いとってもホラーではない。その怖さとは、人間のなかに存在する的外れな劣等感や優越感、あるいは他人の人生を食い尽くそうとする理不尽なエゴが描かれた作品。
比較的新しい作品なので、これから読む人もいるだろうと思う。それゆえ完全なネタバレはしないけれど、白紙の気持ちで読みたい人はこの先を読まない方がいいかも。
大きく2部に分かれている。1部は3分の2ほど費やされてて、ミサエという女性が主人公。戦前に北海道の根室で生まれたが、父は不明で、母は出産直後に死去。祖母に育てられたが、4歳の時に祖母も他界。それで10歳まで新潟の親戚に預けられていた。
だけど10歳のとき、根室から手紙が届いた。祖母が働いていた先の吉岡家で、祖母の縁があるのでミサエを引き取ってもいいとのこと。いくばくかの金銭も払うとのことで、ミサエ否応なしに根室へ戻ることになった。
引き取るといっても実際は売られたようなもの。酪農を営んでいる吉岡家でこき使われる生活が待っている。その酷さは本文を読んでもらう方がよくわかる。思い出すだけでも寒気がする。それでも吉岡家に出入りしていた富山の薬売りの小山田という男に助けられる。
学校に行かせるようにいってくれたのも小山田で、年頃になって女郎屋に売られようとしたのを救ってくれたのも彼だった。そのおかげで札幌で暮らせるようになったミサエは看護師となり、さらに保健婦として故郷の根室に戻ってくる。
ここからも様々な出来事がある。辛い話ばかり。ミサエの一人娘は小学生の時、いじめに遭って自殺してしまう。そのショックで離婚したが、お腹には子供がいた。生まれたのは男の子で、雄介という名前。その雄介が皮肉なことに、吉岡家に養子へ出される。
ということで2部はその雄介が主人公。彼が北海道大学に入って、再び地元に戻ってくるまでの物語。もちろん生母のミサエや、自殺した姉の出来事も関係してくる。これ以上書くとネタバレになるので、ここまでにしておこう。
さて、タイトルの意味となったセリフを紹介しておこう。それを見れば、このタイトルの怖さがわかるはず。雄介が義母の妹に聞かされた話。叔母はお寺に嫁いでいて、仏陀が菩提樹の下で悟りを開いたことを話した。でもその菩提樹は普通の樹木ではなかった。ボクは知らなかった。
菩提種はイチジクの仲間で、他の木に絡み付くという性質を持っているそう。
「絡み付いてね。栄養を奪いながら、芯にある木を絞め付けていく。絞め付けて絞め付けて、元の木を殺してしまう。その頃には、芯となる木がなくても蔦が自立するほどに太くなっているから、芯が枯れて朽ち果てて、中心に空洞ができるの。それが菩提種。別名をシメゴロシノキ」
そしてセリフは続く。
「私はね、お釈迦様がそんな木の下で悟りを開いた理由が、なんとなく分かる気がするのよ。そして考えるの。その菩提樹は、いったいどんな木を絞め殺したのかな、って」
どうよ、この怖いセリフ。そしてこのセリフに、この物語の内容が象徴されている。恐ろしいけれど、読み出すと止められない素晴らしい作品だった。
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