心の奥で「何か」が抵抗している
今日は暖かくなるとの予報通り、このブログを書いている時点(午後4時)で最高気温が16度まで達している。でも朝は濃霧注意報が出るほどの濃い霧で、湿度も高くて洗濯物が乾きそうにない空気だった。
それでも午前10時を過ぎてから一気に青空が広がった。ちょうど賃貸物件のチェックを兼ねて散歩している時だったので、桜が咲く時期のような気持ちいい風を感じながら過ごすことができた。来週に一時的な寒の戻りがあるそうだけれど、その後は一気に春へと進むらしい。
さて、久しぶりにスピリチュアル感満載の書籍を読んだ。このジャンルの書籍を読むとき、ボクが意識していることがある。それは書かれている内容を理解すると同時に、そこからやってくる心のサインに耳を傾けるようにしている。
なぜなら頭が納得できても、魂のレベルで拒絶反応が表出することがあるから。もちろん注意するべきは、その心のサインがどこから来ているかということ。
拒絶反応が『自我』の場合もある。『自我』が認めたくない内容というのは、人間の魂にとって貴重な情報を含んでいることが多い。
でも『真我』が抵抗のメッセージを発することもある。これらの違いを聞き分けるのは非常に難しい。自分で試行錯誤しながら微妙な感覚を研ぎ澄ましていくしかない。
今回読んだ書籍は、ボクのこれまでの経験では後者の感覚が強かった。つまりボクの魂の奥深くで、この書籍の内容に関して「何か」が抵抗しているのを感じた。
2025年 読書#23
『死は存在しない〜最先端量子科学が示す新たな仮説〜』田坂広志 著という本。
タイトルに惹かれて読み始めた書籍。量子力学が好きなボクにすれば、科学的かどうかについては微妙な内容だった。ただ理屈としては理解できる内容で、心霊現象や死後世界、そして悟り等の宇宙意識に至るまで、ゼロ・ポイント・フィールドという概念に基づいて解説されている。
読みやすい文章で書かれているし、全体の流れとしてもうまく構成されている。そして仮説としては納得できる内容だった。ただ読んでいる最中、どうにも落ち着かない気持ちが消えない。心の奥で「何か」が強く抵抗しているのを感じた。
『自我』の抵抗ならよくない。そう思って自分なりに検証したけれど、どうもそうではない。かといって著者の仮説に対する具体的な反論を提起できるわけじゃない。うまく言語化できないけれど、どこか根本的なところで何かが違っているような気がしてならない。
強いていうならば、多次元的な視点がスルーされているという感覚かな。著者の宇宙に対する視点が間違いではないけれど、特定のある一面に関してだけクローズアップされているような気がする。
それゆえ人間の意識では理解できない部分がスルーされていて、その部分に関する誤解を持ったままで結論を引き出してしまいそうな危険性を感じた。
と偉そうに書いているけれど、その「何か」がどういうものかはボクには説明できない。ただ言い知れない違和感を覚えているというだけ。
ここまでくると「好き嫌い」のような言い方しかできないので、あくまでもボク個人の感想として受け取ってもらえたらと思う。
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