火事場の馬鹿力
今日はとんでもないことに巻き込まれた。たまたま思いついて、姫路まで遊びに行こうと思った。
ところがJR六甲道駅までやってくると、電車の遅延が出ている。原因は滋賀県の琵琶湖線で昨晩に起きた架線トラブルらしい。遅れているとはいえ、列車は動いているので、まぁいいか、という軽い気持ちで姫路行きの新快速に乗った。
車内は遅延の影響で大混雑。妻とボクは別々の席でないと座れない状況だった。それでも機嫌よく車窓を楽しんでいると、西明石駅で列車が止まったまま動かない。
「ただいま、行き先を確認しております」という女性車掌のアナウンスが車内に流れている。
おいおい、行き先は姫路やろう。何を確認してんねん。
そう思っていると、満員だった乗客がゾロゾロ降り始めた。どうやらダイアの混乱で、姫路行きの列車の運行が取りやめになったらしい。
「この列車は、次の大久保駅止まりです」というアナウンスが流れた。
そのとたんに姫路方面行きの普通列車が到着するホームに人があふれた。こんな様子だった。
とてもこの列に並ぶ気持ちになれず。姫路行きを断念。とりあえずガラガラになった新快速で、おそらく二度と行くことのないであろう大久保駅まで行ってみることにした。どうせそのまま神戸にとんぼ返りだからね。
その大久保駅。意外に都会だった。ちょうどいい雰囲気のベッドタウンという印象。駅の周辺には大きな店舗があり、線路から見える範囲でいくつもマンションが建っていた。結構住みやすそう。神戸市内では見られない田んぼなんかもあって、ちょっと懐かしい気分だったなぁ。
ボクのように気楽な身分なので、こんなのんびりしたことができる。だけど仕事の予定があって動いている人は、このJRの混乱は大変だったと思う。人間というのは約束に支配された社会に生きているから、人と会うために時間が決まっていることが普通。
何かの仕事で納期がある人なんて、今日は本当に焦っただろう。もちろんこれは不可抗力なので、どうしようもない。だけど仕事に締め切りがあるのに、自分がダラダラしていたことで、期限の間際になって焦ることがある。
子供で言えば夏休みの宿題がわかりやすいだろう。8月31日になって、真っ青な顔で宿題をしている子供は今の時代でも大勢いる。ボクもそんな子供のひとりだった。
だけど締め切りがなければ、人間は動けないもの。逆に言えば、締め切りがあるからこそ多くの小説や映画が生まれてきたと言える。そんな締め切りをテーマにした本を読んだ。
『〆切本』という本。これは著名な作家、漫画家等が、〆切に関することを書いた文章を集めたもの。エッセイだったり、手紙だったり、あるいは対談だったり。とにかく〆切について書かれた本で、めちゃめちゃ面白い。かなり真剣に笑ってしまった。
文章の書き手はそうそうたるメンバー。夏目漱石さん、谷崎潤一郎さん、志賀直哉さん、太宰治さん等の故人の作家だけでなく、吉本ばななさん、大沢在昌さんたち現代の作家も登場する。漫画家では長谷川町子さん、手塚治虫さん、藤子不二雄さんも出てきた。
それ以外にも評論家や編集者等、〆切に関わっている人たちが登場する。
この本の目次だけで、結構笑える。
・書けぬ、どうしても書けぬ
・敵か、味方か? 編集者
・〆切なんか こわくない
・〆切の効能・効果
・人生とは〆切である
この目次を見るだけで、どういうことが書かれているか予想できるよね。そのほとんどは言い訳。〆切に間に合わない著名な作家の言い訳が、めちゃめちゃ面白い。熱を出したと嘘をついたら、本当にその熱が出てしまったりとか、缶詰されているホテルから逃走したりと、かなり笑わせてもらった。
大作家と言われるような人でも、書くことに苦しみ、〆切に怯えていたことがよくわかる。さらに編集者の立場としての〆切も書かれていて、逆に編集者の人たちの苦労に同情してしまう。
昔は活版印刷だったから、印刷所で活字を拾ってもらわなければいけない。作家が〆切を守らないと、大勢の人がブラック労働に従事することになる。ひどい場合には、間に合わずに白紙のまま掲載された雑誌もあるらしい。
一方、何があっても絶対に〆切を守るという作家も大勢いる。そのほとんどが、小心者だと自分のことを評価しておられる。ボクもそのタイプだから、非常によくわかる。他人に迷惑をかけると思うだけで、パニックになってしまう。だから〆切に遅れるなんて想像するだけでオロオロする。
それでも大勢の作家が〆切に追われることで、創造力を爆発させている。まさに火事場の馬鹿力というものだろう。人間は追い込まれることでリミッターが外れ、想定外の力を発揮するのかもしれない。
でもボクは嫌だなぁ。そんなことをしていたら、身体がいくつあってももたない。ストレスで早死にするだろうからねw
『高羽そら作品リスト』を作りました。出版済みの作品を一覧していただけます。こちらからどうぞ。
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