半世紀を超えて開封された手紙
ペンを使って誰かに手紙を書いたのは、いつが最後だろう? それが思い出せないほど昔になってしまった。
困ったことに、自分の住所を書こうとして漢字がわからなくなることがある。ボケているんじゃないよ。文章は毎日1万字近く書いているけれど、手を使って文字を書くことがほぼ皆無になったから。
でもいまから思うと、手紙っていいもんだよね。初めてもらったラブレターなんか、そのドキドキ感をいまでも思い出せる。そんな手紙にまつわる映画を観た。ただその恋文は、関わった人の人生を変えてしまうものだった。
「小さいおうち』という2014年の日本映画。直木賞作品が映画化されたもので、山田洋次監督がメガホンを取っている。出演者は『男はつらいよ』や『家族はつらいよ』の山田ファミリーに加えて、この写真の松たか子さんと、黒木華さんが素晴らしい演技を見せてくれている。
倍賞千恵子さんが演じる独居老人のタキが、ある日亡くなる。大叔母の死を発見した妻夫木聡さん演じる健史が、彼女の残した自叙伝をふり返るという設定。その中心的な内容は、タキが女中として働いた『小さいおうち』の話だった。
その時代は昭和10年から終戦までの激動期。勤めていた家の夫人である時子は、夫が常務を務める会社の部下と恋に落ちる。その二人のあいだにはさまれて翻弄されるタキの苦悩がノートに記されていた。その部下の板倉を、吉岡秀隆さんが演じている。
この物語の最大のアイテムが手紙。昭和19年になって板倉に召集令状が届く。別れを察した時子は、もう一度会いたいという手紙を書きタキに託す。でもこれ以上は時子と不倫相手の板倉を合わせたくない。それで手紙を渡した、とタキは嘘をついてしまう。
その後タキは郷里に戻るけれど、東京に残った時子夫妻は空襲で命を落としてしまう。自分のせいで最後の別れができなかった時子と板倉に対して、タキは半世紀以上が経過しても、心の重荷を抱えたままだった。
もしかしたらタキも板倉を好きだったのでは? と最初は思った。だけど真相はちがった。タキが愛していたのは時子だった。タキが生涯を独身で通したのは、同性愛者とした時子のことを愛していたからだった。
そのことが半世紀以上先に開封された手紙によって明かされる。ただそれは時子が板倉に送った手紙なので、タキの気持ちが書かれているわけじゃない。そのあたりは、映画を観ている人に察してちょうだい、という構成になっている。
あとから考えれば思いた当たるシーンがある。マッサージを頼んた時子の肌に触れるとき、タキは異常なほど緊張していたから。そのシーンにおける黒木華さんの演技は光っていたように思う。
ただ欲をいえば、時子と板倉の恋愛が平凡すぎたように思う。物語としては駆け落ちや心中を匂わせるような、もっとスリリングな展開にできたような気がする。そしてその核心部分が開封されなかった手紙に書かれていたとしたら、半世紀先の感動が数倍はちがったように思った。
だけどとてもいい映画だった。あの当時の中流階級の人たちの暮らしや、戦争に対する楽観的な見通しが印象的だった。唯一気になったのは、健史が南京大虐殺を歴然たる事実として語ったこと。あのセリフは製作者の意図的な雰囲気が匂うので、ちょっと鼻についたなぁ。
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