過剰な期待が子供をつぶす
自宅マンションから徒歩5分くらいのところに、個人の家庭で運営されている可愛い図書館がある。妖精の家のような屋根つきの本棚が置いてあって、自由に本を借りることができる。
期限もないし、記名も必要ない。そこから好きな本を選んで、読み終わったら返せばいいだけ。公立の図書館だと検索して興味のある本を読むことが多いので、思い切った冒険ができない。でもこの小さな図書館だと、普段は手にしないような本を読む気持ちになれる。
昨日読了した本は、そこで借りた本。有名な作家なので名前は知っていたけれど、勝手に難しいと思い込んで避けていた。でも読んでみると、ボクの食わず嫌いだということがわかった。この図書館のおかげだね。
『車輪の下』ヘルマン・ヘッセ著という小説。ヘッセは日本で言えば幕末の19世紀生まれのドイツ人作家。でも85歳まで生きておられた。亡くなったのが1962年なので、この世のでの生活はボクとちょうど入れちがいになってしまった。
これは決して楽しくなる小説じゃない。むしろ胸が痛い。ハンスという少年は南ドイツの田舎町生まれだけれど、神童として噂されていた。母親を早く亡くして父親と暮らしている。この当時のドイツにとって、貧しくても頭が良ければ将来が約束された。
州試験を突破して神学校に入ると、将来は神父か教師の仕事が国からあっせんされる。もちろん学費もいらない。だから貧しい家庭の子供が一発逆転するには、この方法しかない。ハンスはその才能があると誰もが認めるほど頭が良かった。
その町としても州試験に合格するのは名誉なこと。だから校長、牧師たちが彼に勉強を教える。12歳くらいの子供が友人たちと引き離されて、放課後になると特訓を受ける。もっとも多感な時期を、ハンスは勉強に明け暮れて過ごした。
そして州試験に合格する。父親は手放しで喜ぶし、校長や牧師まで自分の手柄のように歓喜した。その町の代表としてハンスは賞賛を集める。彼自身も貧乏な職工になるような人生をさげすんでいて、ほっとした気持ちに満たされていた。
だけど神学校に入ってから彼の人生は転落し始める。寄せられた過剰な期待に応えようとしていたのに、ある友人との出会いによってトップ2の成績で合格してエリートコースを進んでいたハンスは、1年も経たないうちに精神を病んで神学校を退学する。
そしてもっともハンスが忌み嫌っていた職工として生きるしかなくなる。それでも周囲の大人からの過剰な期待から解放されたハンスは、そこに喜びを感じようと必死で生きていた。でも最後は悲惨。彼は川で溺れて命を落とす。事故だとも言えるし、自殺だとも言える。
結果として、周囲の大人の過剰な期待が子供の人生をつぶしてしまったという物語。なんともやりきれない気持ちになる小説だった。
これはヘッセ自身の自伝でもあるらしい。彼もハンスと同じく州試験に合格して神学校へ進学している。だけど中退して実家に戻った彼は、自殺未遂をやっている。彼の経験は、そのままハンスの物語に重ねることができるのだろう。
これはいまも昔も同じかもね。親や大人が子供に期待するのわかる。だけど自分の価値観を押し付けていることに気づいていない人が多い。そんな子供たちは必死になって親の期待に応えようとしている。きっと無理をしている子供って多いだろうなぁ。
優れた小説というのは、時間の壁を超越するんだろう。いまの時代の人たちが読んでも、心を深くゆさぶる作品だと思った。
ブログの更新はFacebookページとTwitterで告知しています。フォローしていただけるとうれしいです。
『高羽そら作品リスト』を作りました。出版済みの作品を一覧していただけます。こちらからどうぞ。
コメント (0件)
現在、この記事へのトラックバックは受け付けていません。
コメントする