心を守ろうとする本能の悲しさ
先日にある映画を観て、ずっと気になっていたことがある。ケイト・ウィンスレットが主演した『愛を読む人』というドイツを舞台にした作品。
30代のハンナという女性が15歳のミヒャエルという少年と肉体関係を持つ。ハンナに本を朗読しては、ベッドに入るという日々だった。だが1年ほど経ったある日、ハンナは姿を消す。
そしてミヒャエルが大学生になったとき、法律家を目指していた彼は法廷でハンナと再会する。ハンナは第二次世界大戦中にナチスの親衛隊に属していて、強制収容所におけるユダヤ人虐殺に加担していた。その罪を問われた裁判を受けていた。
詳細なことは省くけれど、ハンナは終身刑を受ける。ミヒャエルは成人して離婚を経験したあと、文盲だったハンナに自分が朗読したテープを送る。彼女はそのテープを使って、ようやく読み書きができるようになった。そして恩赦を受けて、釈放される日がやってきた。
ミヒャエルはハンナの住む場所も仕事も見つけた。そして釈放される日に刑務所に行くと、老人となった彼女は自殺していた。ただこの映画を観ていて、理解できなかったことが2点ある。
なぜハンナは自殺したのか?
そして読み書きができるようになったハンナに対して、なぜミヒャエルは手紙を書かずにテープを送り続けたのか? それは冷たすぎないだろうか?
この疑問を解決したくて、原作を読むことにした。
『朗読者』ベルンハルト・シュリンク著という小説。
映画はかなり原作に忠実に作られていたように思う。だけどやはり原作のほうが感動したし、より深く二人の心に切り込んでいる。そしてナチスの行った行為に対して、戦後生まれのドイツ人の人たちがどのように思っているかも、この物語の大切な部分だということがわかった。
まずはミヒャエルの行動について。
原作の著者は1944年生まれで、おそらくミヒャエルも同じ年代。この時代の人たちは、自分の父や母がナチスの非道な行為を容認したことに対して、強い怒りを持っているとのこと。ドイツ人としての罪悪感や恥を感じていたらしい。おそらくミヒャエルにもそうした部分が存在している。ここを理解する必要がある。
だけど15歳のミヒャエルは、真剣にハンナを愛してしまった。初体験の相手という意味だけでなく、心の底から彼女を愛していたんだと思う。だから文盲ゆえに彼女が姿を消したことを最初は知らなかった。自分は捨てられたと思ったんだろうね。
その心の傷が、彼の人生を大きく変えている。原作ではそのことが詳細に書かれていた。二度と傷つきたくないという思いから、彼は他人に対する感情を麻痺させるようになってしまった。そしてハンナの裁判を傍聴したことで、その症状が一気に加速する。
自分の愛する女性が、仕方なかったとはいえ大勢のユダヤ人の虐殺に関わっていた。さらに助けることができたのに、教会で焼け死ぬ囚人たちを結果として見殺しにしてしまった。この年代のドイツの若者にとって、そんな女性を愛したことは想像を絶するジレンマを抱えることになる。
彼はその影響で結婚生活にも失敗した。他人に心を開くことができない。だからハンナにテープを送ろうと思ったとき、どうしても手紙を書くことができなかった。再び傷つくのが怖くて、あくまでも『朗読者』に徹することを選んだ。そうするしか自分の心を守ることができなかったから。
原作のミヒャエルは決して冷たい態度をとっていない。映画ではスルーされているけれど、ハンナが釈放される前日にも刑務所に電話を入れて彼女をはげましている。どうにか折り合いをつけて、彼女との距離を縮めようと努力しているところだった。
だけはハンナは自殺を選んでしまう。その理由も理解できるような気がした。彼女は文盲であることを隠し続けた。そのことによってナチスの親衛隊で働くしかなかった。そして自分の仕事によって、大勢のユダヤ人が死ぬこともわかっていた。
だから彼女はミヒャエルと同じことをやった。それは心を麻痺させること。そうしないと職務をまっとうできなかったから。だから裁判中でも、刑務所に入っても普通の自分でいることができた。
だけど読み書きができるようになったことで、その麻痺が解けてしまった。文字が読めるようになったハンナは、ナチスが戦争中に行ったことに関する文献を読みあさっている。それは自分の罪を目の当たりにすることだった。
だからハンナは最初から刑務所を出る気がなかったんだと思う。刑務所にいるあいだは罪を償っていることを自覚できる。でも社会に出てしまえば、自分の過去と向き合わなければいけない。麻痺が解けた彼女にとって、そのことに耐えられなかったんだと思う。
書きたいことはもっとあるけれど、長いブログになってしまったなぁ、うまく言語化できていないけれど、ボクなりに疑問は解決した。そしてどこか辛く、切ない気持ちでぱいになってしまった。
やってしまった過去の罪にどうして向き合えばいいのか? どうすれば許されるのか? そんなハンナの心の痛みが、いまもボクのなかでくすぶっているような気がする。
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