『意図』と『偶然』のすき間
いい意味で予測を裏切られることがある。小説でそうした作品に出会うと、著者の才能に嫉妬を覚えつつも最高に幸せな気分になれる。
何度も作品を読んでいる作家なのに、今回の作品は久しぶりに想定外の世界へ連れて行かれた。
『不眠症』下巻 スティーブン・キング著という小説。上下巻ある作品の下巻を読了した。上巻の感想については『Sに始まりSに終わるかも』という記事に書いているので参照を。
70歳のラルフと68歳のロイスが主人公。この二人は不眠症になると同時に人間のオーラを見るようになった。そしてラルフが「チビでハゲの医者」と名付けた不思議な存在に出会う。下巻ではその正体がわかる。
「チビでハゲの医者」は3人いる。彼らは死神のような存在。人間が死を迎えるときに、魂を繋ぎとめているひもを切るのが仕事。
そのうちクロートーとラケシスの二人は『意図』に使える存在。つまり寿命を迎えた人間のひもを切る。ところがもう一人の存在がやっかいなやつ。アトロポスという名で、『偶然』に使えている。事故死、殺人等による死のエージェント。
このアトロポスに持ち物を奪われると、その人間は不慮の死をとげる。ラルフとロイスに不思議な能力を与えたのは、この3人のうちクロートーとラケシスだった。それは地球の運命を左右するような出来事が起きたから。
たまたまアトロポスがひもを切ったエドという男。このエドはすぐに死ぬことなく、ひもを切られたことで『意図』にも『偶然』にも影響されない存在になってしまった。そしてクリムゾン・キングという悪の支配者に魅入られてしまう。
このクリムゾン・キングは『ダークタワー』シリーズにて主人公のローランドと戦う組織の親玉。そのローランドと仲間が数十年先の未来、ある人物によって命を救われる。クリムゾン・キングはその出来事を妨害するために、まだ少年だったその人物をエドに殺させようとした。
それは飛行機を使った自爆テロだった。ある集会に参加した2000人以上の人間が殺される可能性があった。ラルフとロイスに人間のオーラが見えて異世界へ移動できる能力を授けられたのは、その陰謀を阻止するためだった。
この作品はどれだけ多くスティーブン・キングの小説を読んでいるかで面白さが何十倍にも増す。ちょっとしたセリフに『IT』や『ダークタワー』、『ペット・セマタリー』等の作品における登場人物のことが出てくる。
結果としてラルフとロイスの活躍で、2000人の予定だった死者は100人以内に抑えられた。さらに将来にローランドを助けるはずの少年の命も救われた。ただしその目的を達成するため、ラルフは死のエージェントであるクロートーとラケシスとのあいだにある契約を交わす。
それがとても切ない。テロが最小限の被害で終わり、ラルフとロイスは再婚する。そして5年間は平和な老後を過ごす。だけどその約束の期限がやってくる。それはラルフにとって最後の異次元への旅だった。
上巻を読んでいる限りでは、『IT』的な雰囲気で進む物語だと思っていた。ところが下巻になってこの物語は急激に方向を変える。人間の生と死、老い、生まれてきた使命についてまで踏み込み、現実世界と意識世界が複雑に融合していく。何度も読めば読むほど、より心に深く突き刺さってくる物語だと思う。
エンディグにおけるラルフの勇気ある行動を思い出しただけで泣けてくる。いつかまた必ず、ラルフとロイスの二人に会いたいと思ってしまう素晴らしい小説だった。
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