人間に帰巣本能はあるか?
幽霊と猫を主人公にした新しい小説を書き始めている。まだ構想を練っている段階なんだけれど、あるテーマについて考えている。
それは、人間に帰巣本能があるかどうか?、ということ。
猫や犬が何百キロも離れた場所から飼い主の元へ戻ったという出来事がある。あるいは伝書鳩などは完璧な帰巣本能を見せてくれる。なぜそんなことが可能なのかについて様々な研究が行われている。
磁場を感じる、優れた嗅覚、星や太陽の位置を知る能力、そして目印を記憶しているという説が有力らしい。だけ人間には動物と同じような能力がない。
どこかで迷子になれば、地図やスマートフォンなしでは簡単に戻れない。泥酔して翌朝に記憶がなくても、どうにか自宅に戻っているという能力程度だろうwww
だけどボクは人間にも帰巣本能があると思う。そのことを確信させてもらえる小説を読んだ。
『熱源』川越宗一 著という小説。今年の1月に第162回直木賞を受賞した作品。明治時代から第二次世界大戦終戦直後における、樺太出身のアイヌたちを描いた物語。
いま世界では白人による黒人差別が問題となっている。日本人にとって人種差別は無縁のように思うけれど、この作品を読むとそんなことは言えなくなるだろう。アイヌの人々の文化を破壊したのは、明らかに明治維新以降の日本人だから。
まだ新しい作品なので、これから読む人も多いだろうと思う。だからネタバレはしないけれど、中心となる2人の登場人物を紹介しておこう。物語はフィクションだけれど、登場人物の多くは実在している。ゆえにこの小説にはかなりの事実が織り込まれている。
中心となる主人公はヤヨマネクフという名のアイヌ。幕末の1867年に樺太で生まれる。日本とロシアの領土争いによって、9歳のときに北海道へ移住させられる。そのときに日本国籍を有することになり、山辺安之助という日本名もある。
やがて息子を連れてロシア領となった故郷の樺太へ戻るが、開拓された樺太は自分の生まれ育った場所ではなくなっていた。その後の日露戦争によって樺太の半分が日本の領土になる。そして太平洋戦争後はロシアに進攻されて、樺太全土は再びロシア領となってしまう。
これだけでも樺太出身のアイヌがどれだけ苦しめられたかわかるはず。彼らにとって故郷とは? 帰るべき場所とは? そのことを読者に問いかけてくる。
もう一人の主人公はポーランド人のブロニスワフ。といっても当時はロシアに占領され、ポーランドという国は存在していない。ポーランド語を使うことも禁止されていた。ブロニスワフは学生のとき、ロシア皇帝を狙ったという冤罪を受けて樺太に流される。
やがて彼は樺太に土着する民族に興味を持ち、刑期を勤めながらも民俗学者としてロシアに名を知られるようになる。そして日本領となっているアイヌの女性と知り合い、結婚して娘をもうける。だけど日露戦争、そしてロシア革命やポーランドの独立運動に巻き込まれていく。
ブロニスワフにとって故郷はポーランドであり、妻と娘が暮らす樺太でもある。彼の帰巣本能は、その二つの故郷の葛藤によって大きく揺れる。そして歴史の波に飲み込まれていく。
歴史冒険小説なんだけれど、登場人物たちの心が故郷を求めて泣き叫ぶ声が頭から離れない作品だった。さらに金田一京助氏をはじめとして、実在の人物が物語にリアリティを与えていく。
登場人物たちは樺太という故郷を求めていた。だけどそこには何もない。もしかしたら彼らが帰巣本能を使って戻ろうとしていたのは、悠久の魂が有する根源的な故郷なのかもしれない。そんなことを感じさせてもらえた作品だった。
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