並行世界で失ったもの、得たもの
不思議なもので新作小説を書いていると、意図せず関連する本を引き寄せることが多い。昨日読了した小説は、シリーズもので追いかけている作品。なのにその内容は、ちょうどボクがいま書いているものと関連するものだった。
2021年 読書#37
『ゆんでめて』畠中恵 著という小説。人間だけれど祖母を妖怪に持つ一太郎が活躍する『しゃばけ』シリーズの第9弾。今回も短編小説集だったけれど、過去の8作を読んでいないと理解できない内容。連続ドラマとして読むべき作品だと思う。
今回の作品も良かった。いつも笑いながら、感動の涙を流してしまう。廻船問屋兼薬種問屋である長崎屋の若旦那である一太郎が主人公。もちろん手代の妖怪である佐助と仁吉、さらに鳴家、屏風のぞき等の妖怪が大活躍する。
この第9弾のテーマはパラレルワールド。兄に子供ができたことで佐助と仁吉を伴ってお祝いに向かう一太郎。そこで分かれ道にぶつかる。本来なら進むべき道は決まっていた。ところがたまたま一太郎にしか見えない神様がそこにいたことで、つい反対の道へ行ってしまう。
その瞬間。一太郎たちはパラレルワールドへ移行してしまう。もちろん、それは最後までわからねいけれど。
『ゆんでみて』
『こいやこい』
『花の下にて合戦したる』
『雨の日の客』
『始まりの日』
という5つの物語。最初の4つはパラレルワールドでの物語。江戸で長崎屋が巻き込まれた大きな火事が起きる。そのとき妖怪たちが暮らす離れが崩れたことで、一太郎の親しい妖怪の一部が消えてしまう。
病気がちで友達の少ない一太郎。彼にとって妖怪たちは誰よりも愛すべき存在たちだった。なかでも生まれる前から長崎屋にいついている屏風のぞきという妖怪がいる。火事で屋根が落ちたことで屏風が焼けてしまう。一太郎は必死で修理をするが、やがて屏風のぞきは姿を消してしまう。
最初の4つの物語は、一太郎の心の喪失感がずっと描かれている。別の道へ進んだ日に火事が起きた。もし最初の道を行っていたら、もっと早く長崎屋に戻ることができて、妖怪たちを助けてやれたはず。その後悔を引きずったまま物語が進行する。
それでもパラレルワールドでは新しい出会いもあった。そのなかには上方の女性で、一太郎が初めて嫁にしたいと思う女性もいた。あるいは仁吉や佐助に負けないほど強い、ねねこという河童の親分の女性もいた。どれも素敵なキャラたちばかり。
さらに最高だったのは、妖怪たちを連れて花見に行くシーン。これまでこのシリーズに登場した人物や妖怪が一同に会する。狐や狸、神様や天狗まで登場する。そのなかに生目神という、前回の第8弾で一太郎の目の光を奪ったことがある神様がいた。
その生目神が何かに気づく。そして一太郎が本来行くべき道とちがう方向に進んだことを知る。そしてそれを修正しようとする。神様だからできるんだね。その物語がラストの『始まりの日』という物語。
一太郎が進むべきだった道を進むことで、江戸を巻き込んだ大火事を防ぐことになった。つまり『火事のない世界』に戻った。だから屏風のぞきも元気だし、消えたはずの妖怪たちも元気な姿を見せている。
もちろん一太郎はその変化に気づいていない。パラレルワールドの記憶はないから。だけど元の世界に戻ったとき、どことなく寂しさを感じていた。それはあの壮大なお花見がない世界だし、好きになった女性と出会っていない世界だし、河童の親分の女性とも交流していない世界。
どちらの世界に進んでも、得るものがあれば、失うものもあるということ。ちょうどボクが書いている小説と重なる部分があって、驚きながらも勉強になる内容だった。この作品が漫画やドラマになるのがよくわかる。さて、次はどんな感動が待っているのだろう。
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