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6月12日にスタートしたワールドカップも、予想していたドイツの優勝で幕を降ろしました。

私も11日に出て20日に帰って来ました。

成田からナタルに着くまで33時間かかりました。

流石にブラジルは遠かった。

ナタル空港に到着して感じたのは、これからワールドカップが始まるぞと言う感じがなく、閑散としていました。

観戦したのは、メキシコvsカメルーン、コートジボワールvs日本そしてガーナvsアメリカでした。

コートジボワールと日本の試合は、1点取られてからのコートジボワールの迫力ある攻撃にはビックリしました。

元々アフリカの選手たちは身体能力が高いのは分かっていましたが、組織的にも良くなっていたのが印象的でした。

日本は何も出来ない状態で防戦一方でした。

みんなが初戦が一番大事と言われていたのに、コンディションが悪く、後半は体が重そうでコートジボワールの選手の動きが本当に速く見えました。

結果は1-2でしたが、もっと差がありました。

今回の大会は、接戦の試合が多くの、またあっと言う間にシュ攻守の切り替えが速くて目が離せない試合がばかりでした。

決勝トーナメントに勝ち上がってきたチームは守備がしっかりしているので、なかなか決着がつかず、延長戦に入る試合やPK戦まで行く試合も多く有りました。

ベスト8とベスト4は南米と欧州勢が半々で見応えのある対戦でした。

しっかり守ってカウンターで攻め個の力で得点するチームが多く、決定力のある選手が居ると居ないとの差が結構有ったような気がしました。

その中でドイツはゲームを作り早い攻めも出来、しっかり繋ぐところは繋ぎ内容も安定していました。

得点した選手も多く攻守共に安定していました。

今大会を観て、日本は、いやアジアは世界から離されたな感じました。

個の力をもっと上げる(技術ばかりではない)のは言うまでもなく、フィジカル、1対1のどなど、多くの日本人が海外で活躍していても世界から離されているのが事実となったわけで、これからの指導にもっと付け加えなければならない物が多くあるなと感じた今回のワールドカップでした。


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判治プロフィール

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奥寺 康彦
1970年代当時、世界最高峰のリーグと言われたドイツのブンデスリーガで活躍した初めての日本人選手である。 3つのクラブで計9年間プレーを続けレギュラーとして実績を残した事で、 ドイツのファンからは「東洋のコンピューター」というニックネームで呼ばれた。

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