Brahms Intermezzo in E-flat minor, Op. 118, No. 6
私がブラームスの傑作を3つ挙げるとしたら、最初にくるのは「クラリネット五重奏曲」となる。二番目は「交響曲第4番」だろうか。
そして三番目。さんざん迷うだろうけど、このロマンティックで激しく、底知れぬ静寂の中から情熱が燃え上がり、いつしかまた静寂のなかに帰っていくかのようなこの曲を外すわけにはいかない。
音楽史上における天才として、ブラームスは寡作なほうだった。それだけに、駄作は少ない。残された曲の殆どは珠玉のものだけど、でも交響曲や室内楽曲はベートーヴェンに、協奏曲はモーツァルトに敵わず、歌曲ではシューベルトの後塵を排し、ヴァイオリンやピアノのソナタも特に傑出しているとは言い難い。
決して手の届かぬ悔しさを抱えながら、モーツァルトやベートーヴェンに憧れ続け、ドヴォルジャークやヴィオッティの旋律にほれ込み、ワグナーには嫌われつつも彼の葬式に献花し、ピアニストなのに人前では恥ずかしがって弾けず、子供たちの前では心を開けるのに大人の前では皮肉屋になり、華美なオペラや交響詩には手をつけようとしなかった。
ブラームスは恩師であるシューマンの妻、やや年上のクララを愛し続けた。途中で何度も寄り道したが、生涯に渡ってクララを愛し続けたと言っていいだろう。
クララもブラームスに思いを寄せていた。しかし恩師の妻という立場から、二人が結びつくことはなかったという。これはシューマンが発狂し、精神病院で死んでからもそうだったようだ。
二人の関係は最晩年まで続き、クララの訃報を受けたブラームスはあまりに慌てて汽車を乗り間違えてしまい、結局死に目に会えず、葬式にも出られなかった。
その翌年、失意のうちにブラームスも後を追うこととなる。
生きることのつらさを知り、それでも数少ない幸せのために生きていくと決めた人のためにこの曲を。
彼がクララに贈ったこの曲を。
演奏はグールドの他に考えられない。
Glenn Gould – [Brahms] Intermezzo in E-flat minor, Op. 118, No. 6