読解力の低下
過日、Twitterで面白いことがあった。あるコラムに対し、「このコラム筆者は論文が読めていない、間違った内容を書いている」という批判があったのである。
まずはコラムの内容を抜粋しよう。
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ベンチプレスを「75%1RMで10回3セット群」と「30%1RMで限界までを4セット群」とで比較した研究がある。その結果、大胸筋の筋肥大は30%1RM群のほうが大きく、上腕三頭筋の筋肥大は75%1RM群のほうが大きくなっていた1。(中略)
つまり大胸筋や上腕二頭筋は低重量ハイレップス、上腕三頭筋は高重量ローレップスが効果的だったわけである。30%1RMとか25~35レップスとか聞くと、「本当にそんな低重量・ハイレップスで効果があるの?」とビックリするかもしれない。今までの常識からは考えられないことだが、最近の研究結果からして「筋肥大の効果はある」と断ぜざるを得ない。(中略)
こうしてみると、筋力向上に関してはどの部位においても高重量ローレップスである必要があると言えそうだ。筋肥大が目的なら紡錘状筋は軽めの重量でハイレップスも行うようにするといいだろう。
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「1」の論文のタイトルはLow-Load Bench Press Training to Fatigue Results in Muscle Hypertrophy Similar to High-Load Bench Press Trainingというものだ。つまりタイトルからして「低重量のトレーニングは高重量のトレーニングと筋肥大効果が似ている」である。
コラムの前半では、「大胸筋の筋肥大は30%1RM群のほうが大きく」とある。ここだけ読むと、「低重量のほうが筋肥大している」と断言しているように思えてしまうかもしれない。
しかし、最後まで読んでみよう。「筋肥大が目的なら紡錘状筋は軽めの重量でハイレップスも行うようにするといいだろう」とある。低重量のほうが良いのなら、「低重量でトレーニングしろ」と書くはずだ。しかしそうではなく、「ハイレップスも」と書いてある。つまり低重量も高重量もやれと言っているわけだ。
さて、この論文をしっかり読んでみると、高重量での筋肥大は17.6%、低重量での筋肥大は21.1%だった。21.1>17.6というのは明らかである。
一般に論文では
・被験者を集めて実験する
・データが出てくる
・データを基にして、それを評価する
という流れをたどる。
ここで読解力のある人ならわかるはずだ。コラム前半の表現「大胸筋の筋肥大は30%1RM群のほうが大きく」は、データの提示にすぎないということが。
それを踏まえた上で、論文タイトルにあるように結論として「ハイレップスも」。低重量も高重量もやろう、と書いてあるのである。つまり論文とまったく同じ流れだ。
おそらく批判した人たちは、「データの提示部」だけを読んで、この筆者は論文を読んでいないと思ってしまったのだろう。「21.1と17.6に有意差は無い!」と叫ぶのだが、この部分は結論ではなく、データの提示段階に過ぎないのである。
読解力の低い人は、文脈を読み取ることが苦手なようである。「有意差がないのに効果に違いがあると言っているではないか」と食い下がる人もいたが、「効果に違いがある」とは言っておらず、ただ文章でデータを提示しているだけだ。
「コラム前半分はデータの提示に過ぎない」ということを指摘され、おそらく読み間違いに気づいたのであろう。批判していた人たちは大人しくなっていった。彼らの読解力の無さを責めるのは可哀そうでもあり、議論は収束した。
また読解力がないと、「大胸筋や上腕二頭筋は低重量ハイレップス、上腕三頭筋は高重量ローレップスが効果的だったわけである」という文章も読み間違えてしまう。「低重量ハイレップスのほうが効果的だった」ではなく、「低重量ハイレップスが効果的」だった、という文章なのだが、この二つには大きな違いがある。
高重量と低重量を比較して明らかにどちらかに違いがある場合は「のほうが」となるが、そうではない。「が」というのは低重量ハイレップスに(意外にも)効果があるということを示しているに過ぎないのである。
さて「有意差」であるが、これは「偶然そうなった」という場合を排除するための統計処理だと考えればわかりやすい。例えば薬の研究だったら、「偶然治った」という場合を排除して明らかな違いがあるかどうかを調べるわけだ。筋力だったら、「偶然体調が良くて重い重量が挙げられた」ということもあるだろう。
しかし「軽い重量でトレーニングしたら偶然21.1%筋肥大した」というのは、少々考えにくい。高重量でやったら17.6%だったのに・・
これはデータとしても非常に貴重である。皆様のトレーニングの参考になれば幸いだ。