GRACE ABOUND(恵みは満ちている)
『世間体のために
偽善を装うのはやめよう…
それよりも、あわれみと恵みによって
今、生かされている己に気づこう』
小賢(こざか)しさやせこい生き方は、
エゴによって装っている
あわれな自分でない自分である。
誰かが偉くて、
また、誰かが劣(おと)っているという、
自分を誰かと比較してしまう生き方の
行きたつ処は惨めさである。
THE BIBLEには、
「自分を誰かよりも偉いと思うな…」
とある。
勉強ができる、またできないで
人の価値を決めるのは
愚かな判断である。
大学を出ていようが、
出てなかろうが、
それによって人の人間性が
勝(まさ)ったり、
劣(おと)ったりするわけではない。
JESUSは泣く者と共に泣き、
喜ぶ者と共に喜ぶ方である。
大いなる存在を見失い、
また、己の存在価値まで
見失ってしまった我々のために、
王の王であられる方が
しもべとなって自らを犠牲にして
十字架に架かってくれたのである。
柔和でへりくだった方は、
「あなたが偉くなりたければ
仕える者でありなさい…」
と語っただけではなく、
身をもって生き方の中でその姿を
あらわしてくださったのである。
へりくだる者は、
常に注がれている恵みを受け、
高ぶる者はその生き方によって、
自らをあわれみと恵みから
遠ざけてしまうのだ。
見栄を張って、
「世間」という形の役割の中で
自分でない自分を演じるあまり
疲れ果ててしまっているあなたに、
魂のロッカーJESUSは、
「重荷を負って疲れている者は
わたしのところに来るといい…
わたしがあなたを休ませてあげる…」
と謳っている。
今日という日があなたにとって、
世間体の中で演技して生きる自分から、
大いなる存在によってデザインされた
あなたらしさをあらわして
生きて行く日となります様に…
『形の役割の中で
自分ではない自分を装うのではなく、
今、本質と繋がっていることを
喜べる自分であれ』
アーサー・ホーランド
2017.5.13
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読みどころ満載の内容となっておりますので、
どうぞご覧ください。