Information

新内閣発足、政界再編=新・国民民主党結党~事実上、民社党の四半世紀ぶりの復活

先々月下旬から先月、永田町では異変が起こった。

 

我が国・日本国の憲政史上最長期間の92か月に渡り(それ以前にも平成18・2006年9月から丸12か月)内閣総理大臣=日本国首相務めていた、

俺も会員の超党派の保守派政策集団・創生日本(平成五・1993年自民党・清和研新人候補として衆院初当選し9連続当選中)安倍晋三会長が体調悪化で日本国首相&自民党総裁を辞する事を表明。

 

それに伴い、最大与党・自民党総裁選。

俺の法大法学部の大先輩であり俺の本籍地・個人事業者事業所=納税地たる神奈川県横浜市西区を(我々松坂世代が小学校入学の)昭和62・1987年4月統一地方選・前半で政令指定都市会新人候補時代から地盤とする「令和おじさん」内閣のスポークスマンとして支え続けた菅義偉官房長官が実質的な安倍後継として出馬。 圧倒的な支持を集め宏池会会長・岸田文雄元外相&水月会会長・石破茂元農水相との三つ巴制し年男・干支72歳の誕生日3か月前に自民党総裁そして日本国首相に就任。高校卒業まで育った秋田から上京し法政で学び、国会議員秘書→自治体議員出身の叩き上げで国政進出し首相の座を射止めた。我々松坂世代が小学校入学式の昭和62・1987年4月統一地方選・前半で俺の現在の本籍地・横浜市西区で政令指定都市市会新人候補として初出馬初当選~2期経て中選挙区から小選挙区への移行で西区を中心とした神奈川2区の自民党支部長なり、平成八・1996年衆院選において平成五・1993年衆院選で公明党新人として当選し新進党結党参加(俺の養父が政党職員として仕えた)前職・上田晃弘候補を破り国政進出。上田晃弘前議員は議席失った24か月後、新進党分党~新党平和結成~公明党再結成~自公連立の流れの中で、国会議員候補者としての活動から勇退。平成11・1999年10月自公連立政権開始で平成12・2000年以降の衆院選では公明党&創価学会が俺の本籍地・横浜市西区含む衆院神奈川2区では菅候補を全面的に支援。(俺自身は公明党支持者や学会員では断じてありません!)そういう事も有りまして俺にとっては大変思い入れの深い政治家です。ましてや学生時代は空手部員として心身鍛え黒帯取得。打撃系格闘技にも造詣深い人物。しかし、菅新総理は平成21・2009年最大野党の党首選出の自民党総裁選では3名の候補中最も保守色強いタカ派・右寄りな西村康稔前外相政務官ではなく、脱原発の持論というか愚論を展開する(更に日本の国防行政のトップ防衛大臣在職中も靖国参拝控え、安全保障最高司令官・日本国首相の靖国参拝否定・批判する輩)河野太郎支持(96年衆院初当選同期、同じ神奈川県連属し親しい)96年衆院初当選直後は当時の総裁派閥・平成研、平成十・1998年総裁選で梶山静六元官房長官支援の為に佐藤信二元通産相と三人で離脱、その後は親中派・党内最左派・リベラルな(自身が衆院初当選時の自民党幹事長)加藤紘一会長時代の宏池会。

こういった過去をお持ちの方ので、必ずしも共鳴出来ない。河野太郎の本質、名実と共に「媚中・売国外相『紅の傭兵』(=河野洋平)の長男」=正に「血は争えない」&「蛙の子は蛙」その程度の事も理解していないなら、政治的見識疑う。

 

同じ神奈川県連属す小泉純一郎元郵政相とは対立した事も。平成12・2000年2度目の当選果たし(純一郎元郵政相は総裁派閥・清和研会長として全力で支えている)第二次森内閣に対するクーデター「加藤の乱」では不信任案採決欠席=造反。 自民党横浜市連会長時代の平成14・2002年春も与野党相乗りの現職・高秀秀信(当時72歳)再選に全力投球、しかし純一郎元郵政相は前年自民党総裁&日本国首相となり官邸で同じ郵政民営化論者の中田宏候補(当時37歳)を激励、中田新市長誕生。

 

更に、全国25万人の日本警察の頂点たる国務相・国家公安委員長には、第3次安倍内閣(再々改造)&第4次安倍内閣でも同職務めた小此木八郎衆院議員が就任。菅新首相は、小此木衆院議員の亡父の小此木彦三郎元通産大臣の秘書が最初の政治経歴。彦三郎元通産大臣は平成三・1991年63歳の若さで急逝され八郎候補が平成五・1993年28歳の誕生日直後の中選挙区制度での最後の衆院選で初当選。俺の養父は上田晃弘前衆院議員が国会議員候補者としての活動終了した平成十・1998年秋に公明党再結成参加し、衆参両院で公明党と合同会派組む改革クラブのスタッフとして、東大法学部卒(在学中に22歳で旧司法試験合格)~建設官僚~司法修習29期~弁護士経て平成八・1996年衆院選で新進党新人として横浜市鶴見区&神奈川区の神奈川3区で自民党中曽根派前職の八郎氏を破り初当選した西川知雄改革クラブ政審会長の後援会活動や選挙運動。<(平成12・2000年衆院選では西川政調会長は惨敗、3区で次点にもなれず法定得票未満、政界去り弁護士業務に専念。配偶者は新進党~公明の松あきら参院議員)この方も思い入れ深い。現内閣の最年少閣僚は前内閣同様に(我々の学年の代表の怪物16松坂大輔投手が高卒新人としてシーズン終えた平成11・1999年に高校3年でパリーグ加盟球団ドラフト指名された東北のバンビ21岩隈久志投手より2日遅れ昭和56・1981年4/14出生の)小泉進次郎元自民党青年局長俺は必ず近い将来、住民票・東京都羽村市&本籍地・横浜市西区のままで、横須賀=衆院神奈川11区で進次郎元青年局長に挑戦!世襲ではない日本国首相は松坂世代の俺が小3だった平成元・1989年~小5だった平成三・1991年海部俊樹元文相以来。エールを送りたい所だが、媚中・親中の代表格、現在の最大実力者の自民党幹事長&志帥会会長・二階俊博元運輸相の傀儡に過ぎないであろう(涙)

 

政界再編、東京民社協会会友の俺も神奈川県連党員として関わる国民民主党は分党。55年体制下の社会党のリメイク版的な立憲民主党と合流し新しい立憲民主党結成参加する面々(極めて近い将来、社民党の合流が予測される)、無所属となる面々、そして皇室伝統打倒や私有財産廃止を目論み破防法に基く公安調査庁調査対象団体たる極左暴力集団・日本共産党との共闘に反対する良識有り原発維持に理解示す現実路線の面々が中道改革政党として新しい国民民主党結党。松坂世代が義務教育修了した半年後の平成八・1996年9月「市民が主役の(旧)民主党」として結党大会開催から24年の歳月経過し、平成十・1998年4月新進党の流れ汲む政党を吸収(更に平成15・2003年9月小沢自由党吸収)、平成21・2009年9月から39か月の売国政権&極左内閣運営し野党転落、平成28・2016年4月(維新の党と合流)民進党&平成30・2018年5月(希望の党と合流)国民民主党と名称変更経てついに解散。9/15新たに国民民主党設立大会。

 

 

民社協会会長の東電労組出身の小林正夫元厚労相政務官(参院比例区選出)も参加。俺自身も小林正夫元厚労相政務官の事務所・総支部通じてサポーター登録しました。

(帝人労組=UIゼンセン同盟出身の川合孝典参院議員は設立大会不参加、しかし近い将来入党するだろうから来年からは川合孝典事務所通じサポーター登録。

川合孝典参院議員は新進党分党で結成された新党友愛の継承政治団体・友愛協会の代表でもある)

 

高松高校~東大法学部~財務官僚の玉木雄一郎衆院議員が旧国民民主党代表を解党まで務め一昨年平成30・2018年代表選でも四年前平成28・2016年(法的には名称変更で同一組織)民進党代表選でも俺は消極的支持したが

新・国民民主党設立大会でも対抗馬皆無で代表選出、年末に改めて一般党員や日本国籍有するサポーター含めた代表選挙実施とのこと。当然、玉木代表は再選目指すだろうから(無投票再選回避に対抗馬出現で)代表選実施されるでしょうから再び消極的支持しようと思います。

俺が玉木候補を代表選で二度に渡り(新党で通算三度目)消極的支持する最大の理由は、外国人参政権反対を明言しているから

Screenshot_20210727-045231

しかし9/16の首班指名では衆参で新・国民民主党の所属国会議員の大半が(極左暴力集団・日本共産党と連携・共闘し支持受ける)容共左派の立憲民主党代表・枝野幸男支持とは理解に苦しむ、空いた口が塞がらない。政党としての主体性の放棄ではなかろうか。

 

枝野は国旗国歌法案の採決で反対、国家解体法案&売国政策=外国人参政権実現に尽力、脱原発~本質的に土井たか子と大きな違いを見いだせない。にもかかわらず、自身を保守政治家と身勝手な定義し保守層の支持を集めるべく正月に伊勢神宮参拝=欺瞞に満ちた行為。

 

民社党では昭和35・1960年1/24九段会館で結党~平成六・1994年12/9日本青年館で解党まで35年間

首班指名で他党党首を支持した事は、政権交代=非自民連立・政治改革政権確実な平成五・1993年8月日本新党代表・細川護熙、政権維持が濃厚な平成六・1994年4月新生党党首(細川内閣副総理兼外相)・羽田孜、野党転落の危機を脱する事が大いに期待できた6月翌月自由改革連合代表・海部俊樹のみ

常に自党の党首=民社党委員長を支持してきた。平成初期、マドンナ旋風で朝鮮労働党と友好関係の日本社会党が大躍進した時でも決して決選投票で棄権し土井たか子支持を控えた。

 

俺個人的には、新しい国民民主党には民社党創立者たる西尾末広元官房長官の掲げた反共主義・現実路線・愛国精神を徹底し

松坂世代が小5や小6だった平成四・1992年のPKO国会当時のような

<新生党と分裂前>自民党単独政権を同じ中道政党・公明党と支えた自公民路線を期待したい。(宮澤内閣信任案賛成)

 

西尾元長官が主体的な役割果たし初代委員長選出の民社党結党大会は

我々松坂世代が出生の20年前昭和35・1960年1/24九段会館~

35年後に松坂世代の俺も中二冬休み直前参加した民社党解党大会は

新進党結党大会の前日平成六・1994年12/9日本青年館。

 

あれから25年9か月

 

民社党の四半世紀ぶりの復活版が新・国民民主党だ!

 

俺が唯一最大の敬愛やまない政治家・西尾元長官は、

労働運動の大家、戦後間もない時期に日本社会党の初代書記長~社会党右派のリーダー

しかし、バカ左翼との党内での思想闘争、更に岸信介首相(当時)の大目標・安保改正に協力惜しまず、

集団離党し昭和35・1960年1/24九段会館で民社党結党大会

反共・愛国・現実路線、「日米同盟基軸、自民党より右な」外交・安保政策

だからこそ、警察官僚(横浜市警察部長~神奈川県警察交通部長~内閣官房出向~愛媛県警本部長経験した法学者・魚谷増男先生)も新人候補にリクルート

日本消防協会に天下り経て民社党神奈川県連副委員長就任され昭和61(1986)年参院選・当時定数2地方区次点

 

その民社党神奈川県連の四半世紀ぶり復活版の新・国民民主党神奈川県連設立されたら即党員登録、

更に継承政治団体・神奈川民社協会横須賀支部にも入会申請する所存。

 

コメント (0件)

現在、この記事へのトラックバックは受け付けていません。

コメントする

Diamondo Blog イチオシ芸能ニュースもっと見る

ブログアクセスランキング上位100位を見る

ピックアップブロガーもっと見る

インタビュー特集もっと見る

 

Profile

大場綜(おおばそう)

大場綜(おおばそう)
URL:http://www.sohk1980.net
身長・体重:172cm・60kg
生年月日:1980年6月30日
血液型:A型
所属事務所:チーム・バカボン横浜西

プロフィール詳細 »

読者になる

このブログの更新情報が届きます。

Calendar

2020年10月
« 8月   11月 »
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

Archives

Category

Recent Entry最近の記事はこちら