凄い!でも何が…?
明日中に今の物語を仕上げようと、ラストスパートをかけています。ここ数日に比べて風がなくて蒸し暑いので、何となく集中力が途切れがちですね。
ちょっと気合を入れ直して、今夜も全力で楽しく書きたいと思います。
今朝の散歩で見つけた蝶です。何だか可愛いですね。他にも撮影したい綺麗な蝶がいたのですが、荷物を持っているとシャッターチャンスを逃してしまいますね。こうした美しいものを見て感動したとき、「凄い!」と叫ぶときがありますね。
感動や尊敬や驚きを表現する便利な言葉ですが、私は使い方に注意しています。簡潔な言葉は使いやすいですが、そのインパクトの強さに影響されてしまうことがあります。「凄い!」と口に出したり心で思ったとき、そのあとで思考停止してしまうことがあるのです。
今の自分にはできないことをやる人や、自分が知らなかった新しい事実を教えてもらった時に出る言葉ですね。その根底に流れているのはリスペクトの思いですが、あまりの驚きや感動で思考停止すると、その個別の事実よりもその人全体に対する「凄い!」に変質してしまうことがあります。
そうなってしまうと、その人の言うことやること全てが「凄い!」で修飾されます。つまり単なる信奉者になってしまうのです。あの凄いことをできる人が、間違ったことを言うはずがない…と思い込んでしまいます。宗教の教祖を支えている人たちは、このような思考停止をした人たちなのです。
「凄い!」と感じる心は大切です。素直に感動する心であり、向上心を刺激します。しかし私は「凄い!」のあとに、必ず「でも何が…?」と付け加えるようにしています。言葉のインパクトに流されず、ワンクッション置くようにしているのです。
「でも何が…?」と問うことで、自分にとって必要なのか、意味があるのか、考えることができます。そこで思考停止することがなくなるのですね。自分にとって関連を感じないものであれば、単なる尊敬として手放すことができます。あくまでも、その行為に関してだけですね。
必要だと思うことであれば、どうすれば同じことを自分ができるかを考えます。そしてワンクッション置くことで、「凄い!」の言葉に惑わされずその本質を見極めることができます。全く同じことをする必要はありません。自分が凄いと感じたことの本質を知り、そこに至るために行動するのです。
サッカー選手が素晴らしいプレーをしたとき「凄い!」と言う人があるでしょう。でも、今の私には単なる尊敬ですね。
超能力者がスプーンを曲げたとき「凄い!」と思う人があるでしょう。でも、私にとっては「それが何の役に立つの?」と思うだけです。
意識の覚醒体験をした人の話を聞いたとき「凄い!」と感じる人があるでしょう。私なら感動するとともに、その本質を知ろうとします。そして私にしかできない方法でその道をみつけようとします。
無意識のまま言葉のインパクトに流されてしまうと、せっかくの「凄い!」が無駄になってしまいます。その感動を活かすためにも、「でも何が…?」と自分に問うことを忘れないようにしたいと思っています。
『夢で会える 体外離脱入門』は在庫僅少ですので、お求めの方はハート出版さんや書店に問い合わせてください。Amazonでの注文はこちらです。
『ゼロの物語』3部作は電子書籍のみの販売となりますので、こちらのホームページから販売サイトに行ってくださいね。