蜜蜂と遠雷
ゴールデンウィーク中の見事な青空を見ながら、今日も自宅で仕事に集中している。新作もようやく3分の2くらいまで来たかな?
だけどこれからエンディングに入ってくるので、しばらく緊張した時間が続く。集中力を途切れさせないよう、しっかり眠って体力をキープしなければ。小説を書くという行為は、以外に体力が必要。気力も連動しているので、バランスが崩れると前に進めなくなる。
それがわかっているから、ある小説を読んで驚いた。著者はその小説を書くために、どれだけの取材をされたのだろう? 想像するだけで気が遠くなる。少し調べみると、書き始める前だけで5年を要したらしい。そして執筆と同時進行しながら、さらに6年もの取材がなされている。
さもありなん、と思う。そう断言できるほど、専門的な知識が要求される内容だっった。そのうえで、専門知識のない読者を楽しませなくてはいけない。とんでもない素晴らしい小説を読んだ。
『蜜蜂と遠雷』恩田陸 著という小説。このタイトルを知っている人は多いはず。なぜなら昨年に直木賞と本屋大賞のダブル受賞を果たしているから。
単行本の二段書きで、500ページを超える長編。ボクも読了するのに、毎日2時間読んで4日かかった。だけどその4日間、この小説のことが気になって仕方ない。就寝前の読書タイムが来るのを心待ちにしてしまう。
これほど心を感動で揺さぶられる小説を読んだのは、本当に久しぶりだった。
この物語は、日本で開催された国際ピアノコンテストに関して、第1次選考から本選までを物語にしたもの。新しい小説のなのでネタバレはしない。選考結果を知らないで読まないと、この物語の興奮を味わえないから。
物語を動かすのは、4人の若い天才ピアニスト。その人物像だけを紹介しておこう。
風間塵(かざま じん)16歳
音楽大学出身でなく、演奏歴やコンテストも経験がなく、自宅にピアノすらない少年。
栄伝亜夜(えいでん あや)20歳
天才少女として5歳で数年間コンサートを開きCDデビューもしたのに、13歳のときマネジャーもしてくれた母の突然の死でショックでピアノが弾けなくなり、次のコンサートを直前に中止し、そのまま音楽界から離れ、すでに過去の人と見られていた。
マサル・カルロス・レヴィ・アナトール19歳
多くが才能を認める天才で、日系三世のペルー人の母とフランス人の貴族の血筋の父を持つ。
高島明石(たかしま あかし)28歳
音楽大学出身でかつては国内有数のコンクールで5位の実績。卒業後は音楽界には進まず、現在は楽器店勤務のサラリーマンで妻娘がいる。
この4人の人生物語が、この小説を構成している。このなかで中心となるのは、風間塵という少年。父はフランスの養蜂家なので、定住地がない。だからピアノを持っていないという異色の天才。彼の天衣無縫な演奏によって、他の3人は本来の自分を見出すようになる。
そしてその少年の触媒としての威力は、審査員やコンテストの運営スタッフ、オーケストラの楽団員までに不可逆な影響を与えてしまう。風間塵という少年は、亡くなったばかりの天才ピアニストのホフマンが音楽会に送り出した『劇薬』だったから。
果たして『劇薬』である風間塵は、音楽会にとって『災厄』なのか、あるいは『ギフト』なのか。本線の審査が終わった段階で、そのことが明らかになる。
読んでいて幸せな気分になるのは、この4人はライバルでありながら、強い絆で結ばれて行くこと。だから読後に言葉にできない清涼感を覚える。
さらにピアノの演奏という『音楽』が、ヴィヴィッドな文字として表現されている。読んでいるはずなのに、耳にその音が聴こえてくる。この小説をプロのピアニストが読んだなら、どう感じるかを訊いてみたくなる。
マジですごいよ。音楽の素晴らしさが、この小説に凝縮されている。たしか、この作品は映画化されるはず。公開されたら、絶対観に行く。この物語の世界が、映像としてどれだけ表現されるのか興味津々だから。楽しみだなぁ。
『高羽そら作品リスト』を作りました。出版済みの作品を一覧していただけます。こちらからどうぞ。