ストーカー女の真の恐怖
小説を読んでいて、その内容に没頭するあまり痛みを感じたことがあるだろうか?
実際の痛みとはほど遠いだろうけれど、それに近い痛みをボクは感じたことがある。それも昨晩、この小説を読んだとき。
『ミザリー』スティーブン・キング著という小説。映画は怖くてなかなか観ることができなかったけれど、なんとか勇気を出して先日に映画を観た。かなり怖かったけれど、この内容なら原作を読めるだろうと思って手にした。
だけどその考えは甘かった……。
もう原作めちゃ怖いし!!! もしこれを原作のまま映画化したら、ホラー映画がスプラッター映画に変わってしまう。それほどヤバい。その描写があまりにリアルなので、ボクは読みながら痛みを感じてしまった。
作家のポールは、『ミザリー』というベストセラー作品を書いている。だけど彼は最新の本でミザリーを死なせている。そして新しい小説を書き上げて、ある冬の田舎道を車で走っていた。ところが事故を起こしてしまう。
両足が骨折して死にかけたポールを助けてくれたのは、アニーという女性だった。『ミザリー』の大ファンで、ポールを崇拝しているストーカー。ところがアニーは躁鬱病の殺人鬼でもあった。
最新刊でミザリーが死んだことを知ったアニーは、ポールを監禁して『ミザリーの生還』という本を書かせようとする。もし逆らったら命に関わる。映画でもこのストーカー女の恐怖が見事に描かれていた。アニーを演じたキャシー・ベイツは、おそらく原作を読み込んで役づくりをしたと思う。彼女の演技の素晴らしさは、原作を読むとよくわかる。
だけど原作のアニーは、映画のアニーが天使に思えるほど。映画では逃げようとしたポールを、アニーがハンマーでもう一度足の骨を砕いてしまうシーンがある。だけど原作のアニーは、斧を使ってポールの左足を切断してしまう。別の日には、親指も切断されている。マジでシャレにならない
映画では事情聴取に来た若い経験を、アニーは銃で撃ち殺してしまう。ところが原作のアニーはもっと残酷。芝刈り機でズタズタに惨殺してしまう。
だけど物語としては圧倒的に原作のほうが面白かった。特に小説を書く人にとっては、ポールの心理状態に共感すると思う。ポールが少しでも長く生き延びるとしたら、『ミザリーの生還』を完成させるしかない。そこからが面白い。
初稿段階では、アニーに内容を酷評される。なぜなら適当に生き返らせたから。このままでは命が危ないと感じ、ポールは本気を出す。そして小説の世界に没頭していく。敏腕編集者でも、ここまで作家をやる気にさせられないだろう。
そういう意味では、アニーは世界最高の編集者かもしれない。ただし世界最強で同時に最恐でもある。命の危険という究極状態に追い込まれることで、ポールの作家としての才能が爆発するシーンが最高だった。本人も人生最高作であると確信しているので、アニーを殺して脱出した後に隠していた原稿を出版している。もちろん世界的なベストセラーになるというオチ。
怖いけれど、小説としては最高だと思う。そして小説の指南書としても素晴らしいものがある。作家がどのようにして発想を得て、そこから物語を紡いでいくかを、ポールの視点を通して追体験することができる。ボクにとっては最高に有意義な小説だった。
この『ミザリー』について、スティーブン・キングは出版当初に何も語らなかったらしい。ところがかなりの年数が経過してから、『ミザリー』について触れている。そこでアニーの真実が明かされている。
アニーという狂った女性は、ドラッグを象徴していたとのこと。ストーカー女の真の恐怖は、実はドラッグについての恐怖だったそう。それを小説にしたのが『ミザリー』という作品だった。
物語のなかでアニーはポールをモルヒネ中毒にしてしまう。痛みを止めることが理由だけれど、中毒にさせることでアニーから離れないようにするため。ここでもドラッグの存在が強調されている。
一時期アルコールとドラック中毒になったスティーブン・キングにとって、アニーという女性に監禁されているポールは、ドラッグに囚われている著者のことを指していたということ。そう思ってこの物語を思い返すと、ドラッグが肉体を切り刻むほど恐ろしいものであることを実感できる。
ボクが感じた痛みは、薬物の禁断症状を表現したものだったんだろうね。
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