人間の心に巣食う闇と錯誤
人間はいくつもの顔を持っている。凶悪犯が路傍の花を愛でたり、温厚そうな近所の人がDV人間だったりする。そういう人のどちらが本物とかじゃなく、どちらもその人の一面なんだろう。人間心理は多面体なのが普通であって、人というのは複雑でとらえがたい生き物のなのかもしれない。
そんな人間の心理を描くのが、小説や映画なんだと思う。昨日読了した小説は、人間の内面でうごめく闇や錯誤が恐ろしいほどリアルに描かれている作品だった。
『鍵のない夢を見る』辻村深月 著という小説。辻村さんの作品を追っかけていて、これまで2冊の作品を読んだ。まだまだ先は長いだろうけれど、直木賞を受賞したこの作品を逃すわけにいかない。
この作品は短編集で、5つの物語が収録されている。そのすべてに犯罪が関与している。短編集での直木賞は珍しいと思うけれど、通読してみてその理由がわかったような気がする。物語に直接的な関連はないけれど、すべての作品に人間の内面をえぐり出すような仕掛けがほどこしてある。その鋭い視点に、著者のブレない想いが注ぎ込まれていたからだろう。
その5つとは、
『仁志野町の泥棒』
『石蕗南地区の放火』
『美弥谷団地の逃亡者』
『芹葉大学の夢と殺人』
『君本家の誘拐』という5作。
生理が来ると他人の家に泥棒に入ってしまう女性。消防団で活躍したいがために放火する男性。ストーカー殺人の逃亡者。自分の夢が実現しないことを他人のせいにして人を殺した男。というような犯罪者が出てくる。
それぞれについて詳細に感想を書きたくなるほどの深い物語だった。短編小説の見本だと思う。クスッと笑えるものもあれば、最後の最後に恐怖のどん底に突き落とされる作品もある。あるいは勘違いやろうの主人公にあきれたりする。
なかでも最後まで文字から目を離せず、自分がその世界に入り込んでしまったように感じたのが『君本家の誘拐』。主人公は乳飲み子を連れた女性で、ベビーカーを押しながらモール街で買い物をしていた。
ところが、ちょっと気になる商品があって手にとっていたわずかの時間にベビーカーを見失った。どこを探しても娘の姿が見えない。大あわてで店員に事情を告げ、警備員がやってきて警察騒ぎになる。誘拐事件の始まりだった。
続いて彼女が子供を欲しくてもなかなかできず、ようやく妊娠したころの回想になる。そして娘が生まれたときは、幸せの絶頂だった。だけど実家から戻って娘と二人きりになると、あっという間に育児ノイローゼになってしまう。夫は仕事で連日遅いので、すべて自分がやらなくてはいけない。
だから子供なんていなくなればいいのに、と心で思ってしまったのは事実だった。ほんの一瞬でもそう思ったことを、彼女は死ぬほど後悔する。自分の心の闇が現実になってしまったから。
ところが携帯を忘れたことでモール街から自宅に戻った母親は、ベビーベットで眠る娘を発見する。ボクも最初はどうなったのかわからなかった。
結局この母親はあまりにノイローゼがひどくて、朦朧としたままで自宅を出てしまった。娘を連れているつもりでモール街に行き、途中で我に返って娘がいないと大騒ぎをしていたというオチ。
簡単に書けばこんな物語なんだけれど、実際に文字を追って読んでいると母親の苦悩と後悔がモロに突き刺さってくる。子供のいないボクなのに、自分が育児をしているような気分になってしまった。これが直木賞の文章なんだね。ますます辻村ワールドにハマってしまいそう。
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