13分早ければ歴史が変わった
起きるべきことは、絶対に起きる。それはどれだけ妨害しても無理。そんな気がしている。
この現実世界には厳格なシナリオがあって、どうしても変更できない出来事があるのではないだろうか。ある映画を観て、そのことを真剣に感じた。
『ヒトラー暗殺、13分の誤算』(原題:Elser)という2015年のドイツ映画。1939年11月8日、ミュンヘンでヒトラー暗殺未遂事件が起きた。事件を起こしたゲオルク・エルザーの1932年から処刑された1945年までを描いた作品。ほぼ実話らしく、プライベートに関する一部を脚色してあるとのこと。
1939年といえば、第二次世界大戦が始まってすぐ。ドイツは連戦連勝で意気が上がっていたころ。イギリスでさえ敗戦を覚悟していた時期に、大胆にも同じドイツ人によってヒトラーの暗殺未遂が起きたなんてまったく知らなかった。
エルザーがヒトラーを暗殺しようと決意するまでの彼の心の動きが、この映画のメインテーマになっている。1932年のドイツは、ナチスの台頭があったものの、まだ戦争中のようなことはなかった。ナチスを支持する人もいれば、そうでない人も普通にいた。
だけどその後は一気に情勢が変化する。このあたりの空気感の変化は、ドイツ人が作った映画だから表現できたんだと思う。ナチスが選挙に勝ったことで、反対勢力の粛清が始まった。画面からその恐怖がリアルに伝わってきた。
共産党員だったエルザーの親友たちは次々に逮捕され、強制収容所へ送られる。そしてユダヤ人であるエルザーや家族にも危険が迫っていた。エルザーが不満だったのは自由が失われてくこと。発言の自由も、恋愛の自由も、そして生きる自由さえ奪われていく。
恋人との間にできた子供を失ったとき、エルザーは完全にキレた。ユダヤ人として生きていくためには、ヒトラーを殺すしかない。そう信じて完璧な計画を立てる。職人だったエルザーは手作りで時限装置を完成させ、完璧な仕掛けを演説会場にほどこす。
そして毎年行われる演説会のスケジュールに合わせて、爆弾の時間をセットした。ところがそれまでと事情がちがっていた。戦争が始まったことで、ヒトラーは打ち合わせのために13分だけ早く会場を離れた。もしいつものように会場にいたら死んでいたはず。
歴史はヒトラーを必要としていたのかもしれない。彼には史上最大級の悪を世界にもたらすという、避けられない使命があったのだろうか? それとも単に悪運が強いだけ? どちらにしてもその13分で、ヒトラーは敗戦まで命をながらえる。数えきれない人の命を道連れにして……。
エルザーが逮捕されたとき、ナチスの幹部やゲシュタポは単独犯とは信じられなかった。それほど完璧な爆弾だったから。おそらくイギリス政府の陰謀だろうということで、エルザーは徹底的に自白を強要されている。だけど図面まで書いて爆弾の仕組みを説明した。最終的には単独犯として認められている。
そのあと収容所に送られるけれど、処刑されたのが1945年4月9日。ドイツ軍が降伏したのが1945年5月7日。もう少しで解放されたのに。
なんて不運な人なんだろう。暗殺の13分にしても、終戦前一ヶ月の処刑にしても、歴史のシナリオに逆らったかのような運の悪さだよね。陰気な作品だけれど、映画としての質はかなり高い。運命の不思議さを感じつつ。心に強く残る作品だった。
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