マジックの手法と同じだね
マジックやイリュージョンには、成功させるために必然的な手法がある。その手法とは、観客の目をそらせるということ。
派手な仕草や目立つ演出を見せつけることで、肝心なことを隠してしまう。本当にやりたいことに意識を向けさせず、最後にあっとうならせる。
ボクが昨日読了した小説は、まさに著者がその手法を使っていた。最初は派手な出来事に目を奪われていたが、読み終わったあとにまったくちがうものがそこにあった。そしてその効果ゆえ、著者の想いが強く心に残った。
『回想のビュイック8』下巻 スティーブン・キング著という小説。上巻の感想については『人間を食べる自動車』という記事に書いているので参照を。
この小説のほとんどはペンシルヴェニア州の州警察である、D分署で起きたことが語られている。主人公はサンディという分署長で、1年前に交通事故の処理中に酔っ払い運転の車にはねられて殉職したカートの親友。
そのカートの息子のネッドは大学進学が決まっていたけれど、警官だった父親を慕って夏休みのあいだD分署に入り浸っていた。そのうち屋内式の駐車場に置いてあるビュイックという自動車に関心を向ける。
その車はワケありで、まだネッドが生まれる前から、サンディとカートが深く関わってきた車だった。そして興味を持ったネッドに対して、その当時のことを知る警官たちがビュイックに関することを語るという構成になっている。
上巻では警察官のひとりがこの車に異次元へ飛ばされている。そして反対に異次元の生物を吐き出す。つまり異なる次元をつなげている車であることはたしかだった。そして下巻に入っても不思議なことが続く。
警官だけでなく、暴行容疑で連行された男性もその車の犠牲になった。それどころか異次元の生物が現れて、この分署で飼っていた犬が犠牲になった事件も起きた。そしてネッドの父親であるカートが事故死したのも、別の警官が自殺したのも、このビュイックによるものだとサンディたちは考えていた。
そしてそのことを証明するかのように、過去の話をすべて知ったネッドが九死に一生を得る。サンディが気付いて戻ってこなければ、もう少しで異次元の世界へ飛ばされてしまうところだった。このビュイックは人の心を操り、人間を飲み込もうとする。まるで食虫植物のような自動車だった。
ただしこれらの不思議な出来事は、先ほど書いたように著者の目くらましだと思う。なぜならこの自動車の正体も、どんな異次元とつながっているのかも明かされないから。そのことが気になって読み進むけれど、著者が本当に伝えたいことは別なところにあると感じた。
それは24時間休むことなく働く警察官に対するリスペクトだと思う。回想としてビュイックのことを警察官に語らせることで、彼らがどんな想いを抱えて職務に臨んでいるかが伝わってくる物語だった。
職務質問をするときには、いつ相手が銃で撃ってくるかわからないという危険にさらされる。それはビュイックに近づくときと同じ気持ちだろう。家族との私生活を守りながら、その時間を犠牲にして警察官としての義務を果たす。そんな警察官の複雑な想いが、ビュイックが起こす不思議なことに投影されているんだと思う。
そしてまるでそのことを証明するかのように、すべてを聞いたネッドは大学を中退して父と同じ警察官になる。それがラストシーン。この物語に描かれていたのは、心温まる警察官たちの強い絆だった。読み終わってほっこりする、とても素敵な小説だった。
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